『空の都の神々は』 N・K・ジェミシン

  兄弟妹である三神の争いで光の神イテンバスが勝利をおさめ、僕であるアラメリ家の人々を通じ空中都市スカイから<十万王国>を支配していた。主人公イェイナは辺境の小国ダールの首長。下級貴族でしかないが、アラメリ家の長デカルタの孫であり後継候補の一人としてスカイに招かれることになる。野蛮な出自と蔑まされるイェイナは神も人も混然となったスカイの権謀術数の世界に図らずも巻き込まれていく。

 アラメリの先祖は元々イテンバスに仕えていた神官であり、敗者の神やその眷族はアラメリに永遠に使役される身である。またイェイナは自らだけではなくダールの命運を担っている。というようなところは現実社会を思わせるところが面白い。複雑な異世界は非常によく計算され、幻想的な描写も美しく、ミステリ的な要素もピタリとはまっており、全体を通じて筆致は堅実で、全体に多少ゆったりとした展開にロマンス要素多めな部分には好みもあろうと思われるが、第一長篇とは思えない完成度である。

 

映画‘クリスティーン’TV視聴

 

もうすっかり涼しくなってしまった(笑)、夏休みキング映画特集3本目。

 冴えない内向的な高校生アーニーがオンボロ車を手に入れる。‘クリスティーン’と名付けられたその車を見違えるようにチューンナップして、アーニー自身も校内一の美女をゲットする。しかしいわくつきの過去を持つその車の周囲に次々と怖ろしい出来事が。

 キャリー+激突!みたいな感じとでもいおうか、ロックンロールや自動車整備工場や幅広い道路といったモチーフにアメリカのハイスクールを背景にしたいかにもなストーリーがよくマッチしていて、さすがジョン・カーペンターというB級ホラーの傑作に仕上がっている。壊れた車がガタガタするところとか、人工物の質感がすごくいいんだよな。
 物体Xでもいわれてたんだけど、この人の映画の「ワッ!」と驚かす場面って明らかにずれていて全然怖くないんだよね(笑)。あれは何なのかなあ。脅かし方をまだ知らない小さい子が嬉しそうにやっているみたいではずしてるんだけど何か憎めないんだよね。

 
 

映画‘炎の少女チャーリー’TV視聴

 

   少しずつしか進まない(笑)、キング映画特集の続き。
 超能力を有するが故、追われる父娘の話。
 原作はもっと面白かった気がするが・・・(随分昔に読んだので内容ははっきり覚えていないが)。超能力描写もワンパターンで80年代にしても古めかしいし、全体にもったりしてスピード感が無い。少女時代のドリュ―・バリモアの愛らしさ、ジョージ・C・スコットの存在感がちょっと目立ってたかなあ。

『ヨハネスブルグの天使たち』 宮内悠介

 空から少女ロボットが降る近未来。閉塞状況の続く世界各地で人々は。

 デビュー時からSFジャンルを越えて幅広い支持をあっという間に勝ちえた、注目の若手作家の2冊目の単独著書でこれまた直木賞候補で話題となった連作短篇集。優れた資質を感じさせる作品。
ヨハネスブルグの天使たち」 人種対立の絶えない南アフリカの話。アフリカーナーという白人種たちの選択がなかなかアイロニカル。
「ロワーサイドの幽霊たち」 911テロを背景に、なんとあのオールディスの問題作「リトル・ボーイ再び」の発想を持ち込んだ作品。ちょっとビックリする内容だが、時制の入れ替えなど高度な技巧を有する作家だとよく分かる。
「ジャララバードの兵士たち」 内戦のアフガニスタンに持ち込まれた兵器の謎。これもひねりの効いたアイディア。
ハドラマウトの道化たち」 「ジャララバードの兵士たち」と登場人物の重なる。舞台はイエメンで、これまた内戦状況でのミッションの話。
「北東京の子供たち」 現代日本のかかえる様々な問題がさらに進行した状況の中のティーンエイジャーが描かれている。団地という場の特性が上手く活かされている。

 伊藤計劃とバラードが引き合いに出されている帯はどうにもいただけないが(題材など関連は無いとも言えないが、どちらにも似ていないし若い著者が気の毒)、文章は密度が高くミステリ的な技巧にも優れ、沢山の情報に基づいた現代社会の諸問題をヴィヴィッドに切り取る手腕も見事。こうした様々な地域を違和感なく現代的な視点で描くというのはこれまでの日本SFには無かったもので、21世紀に至り随分進歩したのだなあと感じられた。しかしこちらの頭が硬いせいか、全体にシリアスな内容と少女ロボットが落ちてくるアイディアを結びつける必然性が最後まで納得できなかった。自分の中では、アニメ的な風景しか浮かばない少女ロボットたちと世界各地の取り合わせは、ミスマッチによるマジックは生まれずミスマッチのままになってしまっている。

「拒絶」 クリストファー・プリースト

 サンリオSF文庫『アンティシペイション』は持っているのでプリースト<夢幻諸島>ものの「拒絶」読んだ。
 とある島を訪れた作家。ファンだという若い警官。打ち解け、深い理解のあることを知った作家はあることを思いつく。
 これは素晴らしいですね。<夢幻諸島>のシリーズにしばしば見られる、派手なSFアイディアの出てくる作品ではなくかなり渋い話でしかも登場するディスカッションはなかなか難解。たしか一度昔ざっと読んでよくわからなかった記憶があるのも地味さのせいでぼんやり読んでしまったのだろう。作者らしい書くことと読むことについてのメタフィクショナルな話で読者の夢といった要素も含まれている、。拒絶/受容をめぐるディスカッションは難しいが、自らの限界を超えるという真摯な問いかけがあるような気がした。『夢幻諸島から』では「忘れじの愛 リュース」と関連があると思われるが、(例によって)明確な言及ではなく想像が膨らんでいく。

最近観た映画

最近映画を3本観たので雑感。

パシフィック・リム」 稀代のオタク監督による怪獣&巨大ロボ映画。どことなくこじんまりとしたB級風味含めとにかくシンプルに高揚感を出すことにしたつくりが大正解で、非常に楽しい映画だった。まああんまり語ることのない、幸福感につつまれたそういう映画。

ローン・レンジャー」 大元のTVシリーズのノリがよく分からないが、「ウィリアム・テル序曲」のところとかある程度原典をふまえてるんだろうなあ 。きっとコミカルなタッチで今の時代に合わないところを修正してるんだろうと(勝手に)思ってる。ともかくも狂言回しトント役待ってましたの白塗りジョニー・デップが口伝えで子どもに語るという構造から始まり、周到な伏線に基づいて、棺桶に片足をつっこんだような連中(主役の二人に身の毛もよだつブッチ、象牙の脚を持つレッドや白馬も入れてもいいかも)を筆頭にファンタスティックな世界がスペクタクルに繰り広げられる快作。ネット上では長いだとか中盤緩慢だとかいう意見も散見されるけど、素晴らしい作品と思うよ。アメリカで興行成績不振だった不幸は、ラジオドラマ〜コミックを経てという流れらしく明るい荒唐無稽さを有する(主人公があのマスクだもんなあ)ために、基本西部劇であるながら「ジャンゴ」のようなシリアス系の西部劇復権ともう一つ連動しなかったことにも一因がある気がしてならない(西部劇やローン・レンジャーに詳しくなく、誤解だったらスミマセン)。それでも荒野・馬・銃・機関車と西部劇の映像的なフォーマットの偉大さを今更ながらに知る。ニューメキシコのロケは実に美しいし、終盤のアクションはホントにすごいのでお時間のある方は是非とも。

スター・トレック イントゥ・ダークネス」 まずは楽しんだけど・・・しまった「カーンの逆襲」関連作品らしいが、観てない。ちゃんと符号がいろいろあるらしいんだよなあ、残念。それはともかく、前回からのJ.J.エイブラムスによる若いクルーが縦横無尽に動きまくるアクティヴな新路線の魅力は今回も同様であった。カーンのベネディクト・カンバーバッチはさすがの存在感だったが、もう少し酷薄なキャラクターを予想していたが、アクションしまくりのパワフル路線だった。満足な作品だったよ。

『夢幻諸島から』 クリストファー・プリースト

 プリーストの作品は訳者に恵まれ、多いとはいえないものの定期的に邦訳が出て、しかも傑作ばかりとあって、今回もいやが上にも期待が高まる刊行であったがその期待は全く裏切られず、それどころか予想を上回る超弩級の逸品であった。
 時空が歪み正確な地図の作成出来ない世界。南北の大陸に挟まれたミッドウェー海に浮かぶ<夢幻諸島>。不思議な島々の風土、文化、産業、人々などなどが様々な形式でガイドされる連作長篇。
 序盤は各島のガイドブック形式で始まり全篇を通じ基本的なフォーマットは変わらないものの、すぐにおぞましいハディマ・スライムのエピソード(本書に収められていないこのシリーズの関連短篇『限りなき夏』収録の「火葬」にも出てくる)、殺人事件の裁判記録(これが全体の伏線となる)と次第に話は佳境に入り、多彩な登場人物が巧みに結びついて、幻想的でエキゾチックそして不気味な<夢幻諸島>の観光に誘ってくれる。
 序文に<トークイルズ><トーキーズ><トークインズ>とほとんど名前の違わないが別な群島に関する記述がある。別であるようだが、言語表記による揺らぎもありうる、とはぐらかされる上に書き手は行ったことが無いという。さらに本文では<トークインズ>の<デリル>という島、<トーキンズ>の同名の島についてのこれまた紛らわしいガイドが出てくる。何せ時空が歪んで正確な地図が書けないのだから。それにしても何と魅力的な設定だろう。<夢幻諸島>には名前の無い島が無数にあって、それぞれに伝承やエピソードがあるに違いない。それこそ<無限>の世界が広がっているのだ。
 これまでプリーストは語りの巧みさによりぶれた写真のように実像と虚像のずれにより幻惑する長篇で我々を魅了してきたが、今回はモザイク状にエピソードをちりばめる形式で美しい幻影の世界を作り上げた。プリーストの技巧の幅は怖ろしいほどだ。
 個人的にはニューウェーヴSFでよくみられた断章形式をその影響下にあるプリーストがものの見事に流麗な語り口に深化させたことに驚かされた。さすがである。