『双生児』 クリストファー・プリースト

 ここのところのプリーストの翻訳作品は傑作ばかりだが、これは文句なく年間ベスト候補だろう。個人的には『 奇術師』を超えた(本作の方がまとまりが良いと思う)。
 舞台は1999年3月からはじまる。戦争体験記を中心としたノンフィクション作家スチュアート・グラットンがサイン会をしていると、亡くなったJ・L・ソウヤーという人物の手記を携えてその娘がやってくる。グラットンは英国首相であったウィンストン・チャーチル回顧録で記された〈英空軍爆撃機操縦士でありながら良心的兵役拒否者〉という謎の人物ソウヤーを探していたのだ。
 J・L・ソウヤーがその問題のソウヤーであること、そのソウヤーがジャックとジョーという双子であることなどは早々に明らかになってしまう。しかし、そこはプリーストのこと。むしろそこから本領発揮だ。物語の中心は1930年代〜40年代のドイツとイギリスを舞台にしたこの二人の話。骨格となるストーリー自体も、二人のオリンピック出場、お得意の三角関係(やっぱり!)、ナチスとの接触、航空機の戦闘、ギリギリの和平交渉などなど見せ場たっぷり。そこに様々な手記の事実関係の重なりやずれが魔術的に描かれる(その語りの見事さといったら!)。虚実は次第に曖昧となり、丁寧に文章を追えば追うほど作者の術中にはまっていく。そして見事なラスト。
 例えば双子の入れ替わりはミステリの古典的なネタであるが、そうしたミステリ・SFのありふれた手法を十二分に生かして、精緻でありながら幻惑させられる誰もが作ることの出来ない独特の世界を現出させている。陽性のジャック、内向的なジョーという対比も物語を親しみやすいものにしている。
 確かに当ブログの中の輩のように歴史に疎いと(いやへスが飛んできたことぐらいは知ってたが)楽しみが深くないかもしれない。それでも流麗な語り口に乗せられ問題なく楽しめるし、注意深く読んだあとに、とーっても親切な巻末の大森望さんの解説を読めばシロウトさんでも大丈夫(自分が考えていたより数段上の仕掛けがされていたよ)。SF読みだけでなく、このミスあたりでも上位を取って欲しいし、取れる気がする。