『千の脚を持つ男』 中村融編

  The Monster Bookという英題もついている、中村融編の怪物アンソロジー。当然楽しくならないわけがない。あとがきも心なしかお気に入りの作品を並べて遊んでいる視点がいつもより強いように感じられる。解説でウェルズ「海からの襲撃者」やバーカー「父たちの皮膚」が挙げられていることに賛同。(以下○が特に楽しめたもの)
 「沼の怪」 ジョゼフ・ペイン・ブレナン 海底からの怪物。冒頭からネバネバおぞましさ全開でございます。
 「妖虫」 デイヴィッド・H・ケラー こちらは地中から。音が聞こえる!何かがいる!
 「アウター砂州打ちあげられたもの」○ P・スカイラー・ミラー また海から。ちょっとスケールの大きいホラ話といった趣あり、楽しい。
 「それ」 シオドア・スタージョン 既読。下手な人が書くとアホらしいイメージになりそうなんだけどね。そこはそれスタージョンだから。
 「千の脚を持つ男」○ フランク・ベルナップ・ロング 1927年の作。編者が「怪作王」の称号を奉りたい、という作者には他に「脳を喰う怪物」とか「海の大蛭」とかいった作品があるそうだ。本作品もそんな直球な怪物もの。何だか嬉しい気分にしてくれる作家である。
 「アパートの住人」○アヴラム・デイヴィッドスン 人を雇ってアパートの家賃の取り立てを図る家主。アパートの住人にはミセス・ウォルデックという奇妙な女がいた。短いが強い印象に残る作品。貧しい人達の生活ぶりを描いているのが、らしい。
 「船から落ちた男」○ジョン・コリア 大海蛇を追い求める船長は、偶然船に乗り込んだ男にからかわれ、洋上で緊張が高まり・・・。人間心理描写の方に面白みのある不思議な作品。
 「獲物を求めて」 R・チェットウィンド=ヘイズ これは怪物ホラーというよりは一般的なホラーかな。全体のバランスとしてはこういうものが入ったほうが単調にならないのかも。
 「お人好し」○ジョン・ウィンダム 結婚して12年。妻は夫の趣味が気にさわりはじめる。まさに奇妙な味。良いです。
 「スカーレット・レイディ」 キース・ロバーツ 最後に車ネタとはちょっと意外。静かな英国作家というイメージのロバーツの車ホラーって今ひとつピンと来なかったが、車への強迫観念というテーマと解釈すれば、J・G・バラードの十八番だから、英ニューウェーヴ世代作家と車という取り合わせは別に意外でもないのかもしれない。

 海からはいろんなものがくるんだなあ。あな恐ろしや。