『鈴木いづみコレクション7 いづみの映画私史』

 若い頃にとてつもなく刺激を受けた作家を読み返すのは勇気がいる。ましてやエッセイではなおさらだ。小説ならばちょっと古臭い意見があっても、本人の計算だとか考えることも出来るし、だいたい小説であれば直接的なディスカッションそのものが登場する機会が少ない。エッセイだとなかなか厄介だ。特にかっこいい過激な意見と思っていたものが時代の変化の中で色あせてしまうのを見るのはつらい。
 鈴木いづみのどの小説・エッセイを初めて読んだかはっきりと覚えてはいない。おそらくSFマガジンだろう。まだSFを読み始めて間もなかったが、明らかに鈴木いづみの文章は異質であった。乾いた中に容赦のない毒があらわれ、ときおり純度の高い熱を帯びる瞬間もある。ほどなく、モデルやホステスやピンク映画女優など特異な経歴を積んだ作家であることを知った。当時SFと同時にロックにも衝撃を受けたものの乗り遅れた世代(もうパンクロックすらピークを越えつつあった)としては、焦燥と諦念の相まった鈴木いづみの作風は同時代の核を射抜いていたように感じられた
。共感できた、などとは口が裂けてもいえない。むしろ題材はディックのようにチープなのに現実をつきつけられるような苦さを味わされ、突き放される。しかも蛇に睨まれた蛙のごとく逃げることができない。それでもこの作家は特別なのだという実感が揺らぐことはなかった。そんな風に作品と出会ったが、数年後鈴木いづみの自殺がひっそりと報じられていた。
 その後しばらく読書と縁遠い生活をしていたが、ある時無性に鈴木いづみが読みたくなり新刊で手に入る『声のない日々』を購入した(本を郵送してもらってから、振り込んだと思う。その頃は熱心な本読みではないしネットショッピングもなかったから珍しいことだった。鈴木いづみに関して文遊社は素晴らしい仕事をしていると思う)。それから<鈴木いづみコレクション>が発売され、その再評価はついに決定的なものとなる。
 とはいっても平凡な一読者。コレクションだって一部を読んだに過ぎない。小説に関しては「夜のピクニック」のように傑作だと思える作品もあればちょっとよく分からないものもあった。コレクションだって出てから数年。エッセイでの毒舌が違和感の強いものや時代遅れのものになっていたらどうしようと思ったが・・・。
 不安は杞憂に過ぎなかった。テーマは映画だがいわゆる評論集ではなく、結局は<鈴木いづみ>を読むことになるエッセイ集である。生き急ぎのイメージの強いひとだが、文章はむしろひんやりと冷たいなんというか非常に素面なものだ。ここでは驚くほど赤裸々に自身のことが語られているが、どこか他人のことを冷静に分析しているかのような離人的な感じが伴う。友人の子供と映画を観にいったエピソードのように、ユーモアが漂うものもある。興味深いのは少女マンガ・アニメ好きであること(‘銀河鉄道999’への言及が何度も出てくる)とホモ・セクシャルへの関心で、実にある種の人々との親和性が高い(自らの夢想するホモ映画の話がまた笑える)。これが1980年前後のことだから先駆的といっていいだろう。また、例のごとく辛辣な意見がバンバン出てくる部分もあるが、理があり一貫性もあるので気まぐれには感じられず独特のユーモア感覚のせいかリズムのせいか不快感がない(下記の松岡正剛の千夜千冊では‘トーキングドラムの響き’と表現されている)。ただ阿部薫が登場するといきなり文章に緊迫感が高まりギクリとするような言葉が飛び出す。その一方で、こんな箇所もある。映画‘渚にて’で破滅を目前にしながらも静かに日常を送る人々のシーンをみての感想であるが、

  おそらく歴史に名前なんかのこらないとわかっていても、やはり皿は洗わなければならず、日々をくりかえしていかなければならない。
  人間のほんとうの強さは、そういう部分からきているのではあるまいか、とわたしはおもっている。


意外なほど静かで穏やかな目線である。彼女の独特の作品世界を支えていたのがこんな日常感覚だということにはなんだか不思議な気持ちにさせられる。
 読者を選ぶ作家だろう。かくいう自分もはまる時期とそうならない時期がはっきりある(合わない時は読んでいても内容が頭に全然入らない)。これからも時々そうしたサイクルを繰り返すのだろうと思っている。
 
 鈴木いづみについてよくご存じない方は松岡正剛の千夜千冊『鈴木いづみコレクション』で。同時代の空気感が伝わってくる(もちろんこちらは同世代ではないのだが)。
 全然関係ないが文中に東郷健が登場してびっくりした(憲政史上初?のゲイ・カミングアウト候補。その昔選挙への立候補→落選を繰り返し、驚愕の政見放送で当時中高生であったわれわれの間ではある種の伝説の人物であった)。
 
 ところで、この本と一緒に『Boy's Surface』を買った。期せずしてピンク本2冊購入ということになってしまった。『Boy's Surface』のピンク色の理由についてはこちらを参照(マジで???
)。