『蒸気駆動の少年』刊行記念トークショー@立川オリオン書房

 というわけで昨日行って参りました立川(ちょっと遠かったな)。
 メンバーは京都から(!)の法月綸太郎先生に大森望さん、柳下毅一郎さん。曖昧な記憶を頼りに印象に残った話を以下に。ミステリ方面のアプローチとして特に法月先生の話が興味深かった。

 まず以前よりスラデックの特異性に注目されていた法月先生の話。
・『見えないグリーン』刊行当時、映画などでは本格ミステリ再興の動きがあったものの(クリスティ原作映画や‘名探偵登場’)、現代作家で本格ミステリを描く人は少なかった。そのため大変驚きを持って迎えられていた。(比較としてデアンドリアの名があげられていたけど、よく知らない)
・その刊行時「すごく知的なSF作家が余技とは思えない本格的なミステリを書いた」といった感じで受け取られていた。ミステリ界での評判は良かったと思う。
・現代作家の書く本格ミステリには(根本的に昔の物を現代に蘇らせている性質があるため)どうしても設定や処理にユーモア風味などエクスキューズが伴うがスラデックは<ガチ>なミステリを書いていた。
・本書の「密室」はヴァン・ダインのパロディなのでは(探偵の特徴など)。
・現代にも本格ミステリを書く作家がいるということで、スラデックは日本の新本格ミステリに勇気を与えていたかもしれない(おお!!)。
・ネオハードボイルドの作家たちは世代的に幅が広いが、私見ではスラデックはネオハードボイルド世代の作家がなぜかイギリスの渡って本格を書いたようなイメージもある。
 大森さんの話。
・京大SF研時代スラデックの短編は年間ベスト1になる位人気があった(メンバーは5人ぐらいだが)。四半世紀評価が早すぎた。
・読みづらいとされてきた『スラデック言語遊戯短編集』も今回の『蒸気駆動の少年』のように各短編に親切な解説がついていたら評価が変わっていたかもしれない。
 柳下さんの話。
・作品を仕上げようとするとどんなものでも必要とされていないほどに徹底的にやってしまうのが特徴。普通に頭のよい作家はそんなことはしない。無意味なものに労力を費やすところにシンパシーを感じる。
・様々なジャンルのパロディを書いていることなどから、スラデックはジャンルの公式や約束事や構造に目が向くタイプなのだろう。
・才能はあったが明らかに使い方がおかしい。
・説明不足で分かりにくい面があるのは、説明をするとダサいという特有のダンディズムが働いたからなのでは。本書は入門者も多いだろうから比較的分かりやすいものを揃えた。
 
 スラデックのあまりに多彩すぎる著作とSF界でも一般的な評価は必ずしも高くないことを聞いた法月先生が「(自分は)過大評価していたのかなあ」と苦笑されていたのがおかしかった。
 かくいう自分も『スラデック言語遊戯短編集』に挫折した口である(『遊星よりの昆虫軍X』は楽しめた)。なかなか厄介な人である。結局トークショーが終わってもスラデックがどんな人か分からなかった(変な人であったことは十分に分かったが)。とりあえずスラデックについて、SFマガジンにも既出で本書にも載っている「月の消失に関する説明」を例にとる。全くツキのない男が絶望のあまり奇妙な理屈を編み出し、月のない世界に論理だけで踏み込むという話である。絶望した男という設定が飲み込みやすいので、奇妙な理屈に違和感が少なくなる。またパロディ形式になっている作品も分かりやすい方だろう。目的が分かりやすいからね。しかしスラデックはそんなものばかりではないし、柳下さんの話のように説明を排除しているので、なんだかよく分からないものも多い。それでも気になる作家なのは間違いない。なによりユニークなのは、本来はものごとを分かりやすくするはずの<理屈>が、この人の手にかかるとなんだがわけがわからない世界へのエンジンになってしまうことである。さらにその<理屈>好きあるいは<構造>好き精神は言葉遊びや作品の形式にまで及ぶのだ(ニューウェーヴの影響か)。こんな人は他にいない。
 まあ実はミステリものは読んでないし、本書もまだ読了してないんだけど。

 そうそう柳下さんのスラデックコレクションもいろいろ面白かった。
トークショー参加者に配布された柳下さん訳の変な短編。国の助成金でニューワールズが大判になった時に載ったらしい。矢印付きで順番を変えて読める(うまく説明できない)。
・元々ムアコックスラデックに振ったのがきっかけのオカルト研究本。柳下さんが手に入れたらムアコック蔵書の印が!売っちまったのかよ!割と薄情なマイケルであった。
・「血とショウガパン」の豪華本。なぜそんなものが世に存在。
・推理パズル本。数式がいっぱいのってる。やっぱり真剣に作ってしまったスラデック。存在を知らなかった新潮社時代の大森さんが上司から仕事として紹介され驚いたらしい。
・コンピュータ言語についての本。全くの専門書(分厚い)。機械工学卒だけどそんなにいろいろ出来なくてもなあ。