『筋肉男のハロウィーン〜13の恐怖とエロスの物語〜』 ミシェル・スラング編

 さあのうずの実家も神奈川県なのだが、その近所には元々本屋が多くなかった。その昔中学から高校時代帰り道によく寄ったのは古くからある商店街にある(新刊の)本屋と古本屋だった。いずれも小さかった。古本屋の方はたぶん30年近く前からあった。品揃えはそれこそフツーの店なのだが、ディレイニーの『時は準宝石の螺旋のように』を買ったことを覚えている。その店は現在もやっていて、それこそ20年ぶりぐらいに入ってみた。同じオヤジがやっぱりいた。特に会話を交わすこともなかったが、二冊買った。その一つがこの本というわけ。
 前置きが長くなったが、副題の通りこれは編者による“恐怖とエロスのアンソロジー”の第二弾(第一弾は未読)で、1996年に出されている。“恐怖とエロス”ということだが性的要素が目立たないものもあり、一般的なホラー・アンソロジーといってもでいいだろう。チョイスが幅広くなかなかいいアンソロジーだ。(○が特に楽しめたもの)

「筋肉男のハロウィーンレイ・ブラッドベリ  30歳の大男ウィリアムは母親と二人暮らし。母親は彼に早く結婚して欲しいと思っているが。意外と現代に通じる話だ。派手な箇所はないんだけど、ぞくぞくっとさせるうまさは流石。
「初体験」デーヴィッド・キュール 理想の初体験をさせてくれるサーヴィス。男性誌っぽいネタだけど、どこに載ったんだろ。
「セレモニー」○アーサー・マッケン 短いんだけど、静かななかにも悠揚ならざるとでもいうのだろうか背筋が寒くなる雰囲気があってさすが巨匠だ。極貧だったという晩年など本人自身にも興味が出る作家だ。

「証拠の性質」メイ・シンクレア 愛する妻に先立たれた男。再婚をしようとするが・・・。よくあるネタだが、ほどよいしつこさが話を盛り上げてくれる。
「ヘレン・バーヌーの顔」ハーラン・エリスン 次々と男を手玉に取る美しい女。前半の雰囲気は実に良かったんだけどなあ。
「妄想のとりこ」○J・G・バラード 母親を飛行機事故で失い、父親は自殺してしまい、精神のバランスを崩し施設で療養する娘。医師である主人公は診療の依頼を受ける。道具立てはいつものバラードだが、下敷きとなる話や構図が明示してあるのが興味深い。実に面白いんだがオチがちょっと分からなかった。 
赤い嵐に襲われて ― 乙女が本性にめざめるまでの物語」サラ・スミス 日露戦争終結へ向けての会議の裏で吸血鬼が。舞台がいいから映像化もいけそうだ。
「バースデイ」○リサ・タトル 彼女とのデート前に突然母親から呼び出されるピーター。誕生日を祝って欲しいといわれ、家に向かうが・・・。恐ろしくも大ネタぶりにひきつった笑いすら浮かぶ話。やるなあ。
「倒錯者」チャールズ・ボーモント 『残酷な童話』に収録の「変態者」と同じ。
「モデル」ロバート・ブロック 豪華客船上の魅惑的な美女の秘密。精神を病んだと思われる男の一人語りから始まって、船旅を回想する流れはあの‘マタンゴ’と同じだ!といってもそこしか似ていないので、大した関連はなさそうだ。オチは普通。
「シルヴァー・サーカス」○A・E・コッパード コッパードはまだ『棄ててきた女』の「虎」しか読んでないんのだが、これまたサーカスもの。普通に考えるとあり得ない話なんだけどね。いい意味でヒドイことになってる。
「ハネムーン」クレメント・ウッド お膳立て通りの結婚に疑問を持たない新婦。さて新郎とのハネムーンは。きっちりとイヤな話に仕上がってます。
「寄生体」○アーサー・コナン・ドイル ブログを書いていうちにどんどん自分の読書経験の乏しさが明らかになっていくのはちょっと恥ずかしい。そう、ドイルもちゃんと読んだのは初めてかもしれない。ごめんなさい、フツーに面白いです。トリニダード島から来た催眠術の能力に学問的興味を抱いた主人公。自ら実験台になるにつれ次第に精神が不安定にあり衰弱していく。記憶があいまいな人物の一人称の手記という形式はジーン・ウルフを思い起こさせる。不安感の高まる展開が実に素晴らしい。トリを飾るにふさわしい傑作。初めは心霊現象に否定的な主人公が次第にのめり込んで生活が破綻していく、といった話を書いたドイルが結局心霊現象にはまってしまったというのだから不思議なものだ。

 というわけで良いアンソロジーなんだけど、まとめてみても大して性的要素が強い作品集とも思えないなあ。