『限りなき夏』 クリストファー・プリースト

 さて遅ればせながら読了。収録中8編中、4編が単発もので4編が<夢幻群島(ドリーム・アーキペラゴ)>シリーズということでやや変則的な短編集といった面はあるが、全体としては様々なジャンルの要素を内包しプリーストらしさがよく出た傑作が並んでいるので、入門編としても十分イケる。では各作品について、簡単に。

「限りなき夏」 裕福な地主の家の跡継ぎトマスは、美しい娘と将来を約束し輝かしい未来が待っているはずであったが・・・。20世紀SF?で既に収録されているのに途中まで気づいてなかった、記憶力の衰え悲し。とにもかくにも王道な時間SFもののラブ・ロマンス。それでも古びていない理由の一つは、時間凍結の描写が鮮やかなことだと思う。
「青ざめた逍遥」 恒星間飛行実験の大きな失敗後に偶発的に生まれたフラックス場。そこに24時間の時間移動を出来る橋がかけられた。だれもがルールに従って渡るその橋から、主人公の少年は勝手に飛び降りてしまう。SFマガジン1981年1月号掲載時に読んでいた。というわけで個人的にあまりにも懐かしい本作は約四半世紀ぶり(もちろんそれ以上)の再読。これも時間SFもののラブ・ロマンスといえるが、記憶よりのんびりしたほんわかした話に感じられた。誤解を恐れずにいえば(一種の)良質なラブコメとして万人におすすめ出来る名作である。
「逃走」 戦争の危険が迫る中、車で先を急ぐ上院議員は・・・。デビュー作。背景に戦争が影を落とすといったパターンにらしさを感じられるが、話自体は普通。
「リアルタイム・ワールド」 閉ざされた研究機関で、職員たちは各自コントロールされたニュースや情報だけを受け取っている。主人公は唯一その実験を観測しているのだが。いいアイディアだな。現実のゆらぎ、というテーマはいかにもプリーストだが、短編らしく処理をされているのが巧くはまっている感じだ。
 
 さて、こっからの4編は<夢幻群島(ドリーム・アーキペラゴ)>シリーズ。解説にある様にシリーズと言っても、数千年にわたって戦争が続いている世界、が舞台になっている話というのが数少ない共通の設定というくらいつながりゆるいシリーズだが、全体的には濃密な性的イメージとホラー色が強い印象がある。
「赤道の時」 解説によると、シリーズ全体に統一した枠をあてはめようと書かれた作品のようだが、何はともあれ、航空機からの風景描写が実に美しい。
「火葬」 過去を捨て、群島にやって来た主人公。風習も分からないのに、とある葬式に参列せざるを得なくなった。これも再読になるがやっぱり傑作。えー虫嫌いの人は確実に眠れなくなることでしょう。よく風習が分からない不気味な葬式、というのが(我々にとって当たり前の)火葬だというのが小説を読む不思議さだな。
「奇跡の石塚」 荒涼とした島シーヴルに永い時間を経ての再訪を果たす主人公。これまた面白いなあ。是非とも予備知識抜きでお楽しみください。
「ディスチャージ」 記憶を失った元画家の兵士。謎の画家アシゾーンの絵画のイメージを軸にエロチックで奇妙な世界が展開される。群島を放浪する記憶喪失者、巻末にふさわしい作品である。

 さてさて、解説にあった『双生児』解説の件について少しだけ。訳者の方が目を通されたかどうか分からないが、当ブログも大森解説をネット上で絶賛した口である(作品が難解だから大森解説が有効、というような書き方はしていないつもりだったが)。いち読者としては、あの解説があってプリーストの仕掛けの奥深さを知ることが出来たのは事実で、あそこまでの解説の徹底振りがなかったら気づかない当方のような読者は存在するのではないかと思っている。だから有難かったのだが、一方で奥深さに気づいた喜びを強調し過ぎると、難解さを印象付けることになり得るのかもしれないとも感じた。結構難しい問題だなあ、というのが現在のところの正直な感想である。ただ敷居を高くするのは本意ではないので、今後も考えていきたいと思っている。