怪奇探偵小説傑作選5海野十三集 三人の双生児

 さて海野十三を遅ればせながら今回初めて読んでみた。少年向けのものやスパイもの戦争ものなど多くの作品があるのでこの一冊だけで何かをいうのもなんだが、科学的なアイディアを中心にすえた時に乱歩に似た官能的猟奇的なSFミステリを集めたこの短編集は初心者にとっつきやすく異色作家系的なスタンスで楽しめる。特にアイディアの多彩さは特筆ものだ。
「電気風呂の怪死事件」 ほとんどデビューに近いぐらいの時期の作品だそうだ(「新青年」昭和三年四月)。で、ネタが電気風呂なんだからやっぱりSF体質というか。ある意味強烈な話である。
「階段」 とある若手研究者の人生を狂わせたものとは。フェティッシュな空気が漂うのは自身のセンスか乱歩の影響か。ちょっと後半の展開は唐突な感じ。
「恐しき通夜」 動物実験を行う三人。合い間の時間でそれぞれが酒を飲みながら奇怪な話を始める。各人の話が伏線となって、という形式はいつごろからあるのかなあと思った。オチがなんとも。
「振動魔」 とある資産家の男が肺結核となるが名医にその命を救われる。その後二人は家族ぐるみの付き合いとなるが・・・。ここからしばらくシャーロック・ホームズから名をとった名探偵・帆村荘六シリーズが続く。これは驚きのSFミステリ。アイディアにあきれ果てる人もいるだろうが、さあのうずはこーゆーの大好きですよ!
「爬虫館事件」 動物園内で失踪した園長の話。これもアイディアは悪くないのだが、オチまでのもっていき方がギクシャクしていたりあからさまだったりする感じ。でもね、そんなところも味だったりするんだよな。
「赤外線男」 街を徘徊する怖ろしい赤外線男の正体とは。この作品もかなりアヤシイ感じのアイディアがいいですねえ。新しい技術でトンでもないものが見えてしまうのかも?といった発想が根っこにあるんじゃないかと思われる意味で、赤外線をネタにするセンスは<SFの父>らしい。
「点眼器殺人事件」 「振動魔」「赤外線男」は『バカミスの世界』に列挙されているほどでその筋からの注目度も高い。なかでも本作はストレートさで度肝を抜く。参りました!
「俘囚」 解剖室にこもって奇妙な研究にばかり打ち込んでいる夫に愛想をつかした妻は、愛人との関係を続けるために夫の殺害を企てる。これも集中一、二を争う凄いアイディア。正直ちょっとありえないしオチも何なんだけど、歪んだユーモアと馬鹿ばかしさが漂うところがいい。
「人間灰」 空気工場のある村を舞台にした連続失踪事件。血まみれの犯人が捕らえられたというが・・・。この<空気工場>って響きがいいですな(酸素ガスなど気体をつくる工場)。この話もまたね、仕掛けがあって。
「顔」「蠅」 この辺りはショートショートの先駆けだな。
「不思議なる空間断層」 これはタイトル通りSF。昭和十年というのはいやあ早い。
「盲光線事件」 カメラマニアの青年が撮った写真には謎が。スパイもののミステリに得意の科学的アイディアがからんで。ちょっと強引なところも目立つけどね。脚本版が巻末に載っていて、比較すると海野十三には物語としてのサーヴィス精神や肉付けに弱い面があるのが分かる。ちなみに、内容とは関係ないけど脚本版には由比ガ浜の戦前の海の家の様子が描かれている。
「生きている腸」 これはもうタイトルから予想される話そのもの。それにしても人体ものが多い。
「三人の双生児」 幼少時に母と別れた主人公には、なぜか座敷牢に入れられていた双子の妹の記憶がある。そして亡くなった父の日記には自分達のことが「三人の双生児」と書かれていたのだ!これは三人の双生児の真相のあとのおぞましい展開が、らしい。正直もう少し展開がうまいと傑作なのだが。次に「「三人の双生児」の故郷に帰る」という徳島を舞台にしたこの作品の原風景を自ら追った短いエッセイも載っている。実は70年ほど経ったその辺りの雰囲気を今回の徳島行きでみてみようと思っていたのだが、残念ながら時間がなくて出来なかった。
 解説にも触れられている様に石川喬司に「すぐれた先覚者ではあったけれども、所詮は二流の娯楽作家にすぎ」なかった、というのはちょっともったいない評価だ。確かにその後の現代SF作家(星、小松などいわゆる第一世代
)からみて、当時としてはこのような怪奇趣味グロテスク趣味の強い作品群には少々食傷気味だったのかもしれない。しかしめぐりめぐってそのエグいセンスが今となってはむしろ面白く読める。それは海野の様な作風から離れ洗練をすすめてきた日本SFが、もしかしたら辿ったかもしれないオルタナティヴな在り様が海野作品に感じとれるからなのではとも思われる。一方で、アイディアや人を驚かすプロットといったところに力点がおかれやすいといった点は時代を超えてSF作家らしいなという気もする。(理系作家でエグいセンスという点では小林泰三あたりに通じるところもあるのかな)