『二十世紀の幽霊たち』 ジョー・ヒル

 評判の本である。スティーブン・キングの息子さん、ということで「親父さんの本も大して読んでもないんだよな・・・」と読むのに変な迷いがあったのだが、まあ世代はジョー・ヒルの方が近いし‘奇妙な世界の片隅で’でも紹介されているように異色作家短編集に似た味わいだと知ったので、手に取った。まさしく噂に違わない一冊。多彩で質の高い作品が揃っており、これは嬉しい才能の登場だ。登場人物の命名や自作解説に、そういった短編小説の先達の影響を率直過ぎるくらいに表明しその系譜を引き継ぎながらも、きちんと独自の味わいを持っているところが素晴らしい。基本的にはどれもオススメだけど、特に印象の強いものに○。

「シェヘラザードのタイプライター」 作家のタイプライターをめぐる怪異譚。いまやタイプライターもノスタルジアなのですな。
「年刊ホラー傑作選」○ とあるホラーアンソロジストはB級雑誌に収められた優れた短編のことを知った。作家に興味を覚え、面会に行くが・・・。この小説内短編「ボタンボーイ」が実におぞましい、というのでぐっと引き込まれる。また、のっけからアンソロジーネタとは実によく分かった作家であるな。
「二十世紀の幽霊」 映画館に棲む幽霊の話、なのだがタイトル通り過ぎ去りし二十世紀の思い出と共に語られるノスタルジックな味わいの一編。
「ポップ・アート」○ 孤独なおれの唯一の友は風船で出来たアート。駄洒落から生まれた<奇妙な味>の物語。いやーツボですね。好きです。さらにこの作品への自己解説にはバーナード・マラマッド(マラムッド)の「ユダヤ鳥」(『年刊SF傑作選4』収録)への言及もあり、ちょっと興味深い。

「蝗の歌をきくがよい」 まさかまさかのカフカ「変身」ネタ。いまどきあっけらかんとこんなネタを書いてしまうというのもなかなか面白い。話自体も楽しめる。
アブラハムの息子たち」 暴力的な父親とその二人の息子の物語。無邪気な弟を案じる兄の気持ちが切ない。個人的にジョー・ヒルの小説がグッと来るのは、カポーティから連なる孤独な少年の物語が中心となっているからで、本編もまさしくそんな一編。
「うちよりここのほうが」 喧嘩っ早い大リーガーのパパ。今日も退場になったけど・・・。野球物の普通小説で、これまたいい。いろいろ書ける人だなあ。実にアメリカらしい話でもある。
「黒電話」 これは突然監禁されてしまった少年をめぐるサスペンス。いやあ怖いねえ。これはフィニイへのオマージュのようだ。
「挟殺」 人生上手くいかない男が出会う絶望の物語。後半なんでこんな話になるのかよく分からないところもあるが、アメリカの田舎という舞台にはマッチしているような。これはルース・レンデルを意識したとか。
「マント」 こちらは飛翔をめぐる青春小説。これまた先行のさまざまな作品と比較すると面白いかもしれない。
「末期の吐息」 とある博物館を訪れた一家。そこは人の<末期の吐息>を集めた博物館だったのだ。正調<異色作家短編>とでもいいましょうか。好きですねえ。映画化の際の館長役はウィリアム・フィンレイで。
「死樹」 詩のような味わいの掌編。
寡婦の朝食」 腹を空かせた男は、とある家で食べ物を分けてもらう。いい感じの普通小説だが、実は巨人を主人公にした(結局完成しなかった)長編小説Giantの一部だったそうだ。
「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」○ 映画‘ゾンビ’の撮影現場で昔好きだった女に出会った男は。これまたホラーと映画とノスタルジーな話。設定がいいし、全体の切ない感じもいい。
「おとうさんの仮面」○ 美しい母とよく遊んでくれる父と別荘に向かう少年。そこには夥しい数の仮面が置かれて・・・。ジーン・ウルフの某著名短編を思わせる。次第に虚実が曖昧になっていく過程が読み応えのある傑作。
「自発的入院」○ 言葉を発することの少なく無表情な弟は社会生活に問題を抱えながら、一方で段ボールなどを使った複雑な隠れ家などを作る特殊な能力を持っていた。とある不良少年と事件を起こしてしまった兄と共に、そいつから目を付けられてしまう。これもまたありそうでないアイディアで、面白い。
「救われしもの」 「寡婦の朝食」同様、長編小説Giantの一部。見捨てられた男の絶望的な話、といえるかもしれない。

 以上ボリュームたっぷりだが、実に楽しく読むことが出来た。『ハートシェイプド・ボックス』も読まなきゃなあ(いやしかし他にも積読が・・・)。