『ツィス』 広瀬正

 集英社文庫広瀬正小説全集、随分昔『マイナス・ゼロ』だけ読んで他はいつか読もうとか思っていたら、いつのまにか手に入りにくくなって困ったなあとかいってるうちに、いつのまにか復刊された。今度は手に入りやすいうちになんとかしようということで、本作から読んでみた。
 とある医師に以前治療した患者の娘が相談をする。絶対音感を持つその娘は最近ツィス(二点嬰ハ音)の耳鳴りがずっと続いているというのだ。専門家に依頼し、その音の記録を始めるが、音は次第に大きくなり、社会はさまざまな対策を立てざるを得なくなる。
 パニックSFである。エスカレートしていく物語は、その進行はある程度予想通りで、今となると細部にリアリティに欠ける面もある(いくら未曾有の事態であっても、こんなに淡々と政策が実行されるだろうか)。しかしミュージシャン出身作家ならではの音に関する薀蓄、騒動を利用して視聴率アップを図るテレビ局のなりふり構わぬ姿勢を示す種々のエピソード、新聞記事・対談などを用いた多彩な表現が盛り込まれこちらを飽きさせることがなく、リアリティの部分はほとんど気にならない。またミステリ的な演出もはまっていて、あらすじやアイディアは決して時代を超える派手さはないのに全体として古めかしい感じが全くない。スタイルが非常に洗練されているので、これからも評価が落ちないんじゃないかな(個人的には日本SFの洗練の極みにある人なのではないかと思っている)。
 ところで解説では司馬遼太郎がSFに言及している(「SFには読み方が要る」と書いている)のが興味深い。さらに、ほぼ同年輩として急死したことを非常に惜しんでいる、ということも書かれていて(広瀬正直木賞候補になったときに三度とも高い評価をしている)、二人の作風や作家自身から受けるイメージが随分違うのでなんだか意外だった。