『虚構機関』 年刊日本SF傑作選

 筒井康隆による『日本SFベスト集成』で育った世代としては、嬉しい本の登場である。SF以外のものや漫画などが入っていたのが『ベスト集成』の特徴だったし、その辺の切り口が刺激だったので、その路線を踏襲するというのは大歓迎。しかも創元文庫からということもあって、ずいぶん後追いながら最近読んできたメリル『年刊SF傑作選』の(各作品への序文ありの)スタイルもまた踏襲されているのだからオールド・ファンとしてはなおさら楽しい。
 中学時代に出会ったのは先に出た徳間ノベルズの方ではなく、徳間文庫としてなので1980年代初頭になる。内容は60年代〜75年であるが、元々の徳間ノベルズの方も75〜76年に集中して出版されたことをあとがきで知った。そういう意味では、本書での近い時期で振り返るのとは若干立ち位置が異なるのかもしれない。(以下○が特に面白かったもの。ショートショートは省略。)

「グラスハートが割れないように」小川一水 ガールフレンドがはまってしまった癒しアイテム<グラスハート>の秘密とは。ハードSF風味は控えめ。社会の動きなどは、いかにも現代らしい展開ともいえるかもしれない。
「七パーセントのテンムー」山本弘○ 主人公は13歳年下のイケメン青年と同棲している女性作家。喧嘩もありながら仲良く暮らす二人だったが、彼氏がI因子欠落者であるという噂を知ってしまう。例えば、日常ネットで見かける光景をアイディアに結び付けているところなんか巧くてつい納得させられる。
「羊山羊」田中哲弥 『悪魔の国からこっちに丁稚』は爆笑の名訳大傑作だったので是非みなさん読んでみて下さい。本作は・・・いや面白いのは間違いないけど、あまりに筒井テイストなのでどう思っていいか分からなかった。失礼。
「靄の中」北國浩二○ 人間に寄生する宇宙からの侵略者と戦うハンターの話。あ、いいですねこれ。
「パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」円城塔○ 円城塔は大変な才能の持ち主であるとは思っていて、すごく面白いものもあるのだが時としてさっぱり分からないものもあるというのが正直なところ。で、これは面白かった。まず■が八個並んでいるのだが、この■が「全ての文字を包含している」といっていて、何のことかと思っていたら「文字を横へではなく」「行上に」「積み上げた」というのである。つまり同じ部分に字がどんどん積み重なってだんだん■になっていくということで、八つの■は、八つの物語を示しているというのだ。この大枠の中で、八つの不思議な物語が語られるという仕掛けにまずはヤられた。中では、奇妙な習俗を持った都市国家の話「砂鯨」、涙を流してしまうという方程式をめぐる殺人事件(?)「涙方程式始末」、動物園と本屋しかない不思議な街についての美しい幻想譚「縞馬型をした我が父母について」が特に良かった。
「声に出して読みたい名前」中原昌也○ 熱心な読者とはいえないけど、三冊持ってるし面白かったしもっと読みたいとも思ってるんです(じゃあもっと買えよ!とか言われそう)。シュールなシチュエーションとなげやりなようなユーモラスなような独特な雰囲気が、らしい。
「ダース考」「着ぐるみフォビア」岸本佐知子 評判どおり楽しいエッセイだなあ。『変愛小説』もいつか読まなきゃ。「ダース考」の冒頭部で思い出したのは「赤ちゃんも夢をみるのかしら」というCMだった(古)。
「バースデイ・ケーキ」萩尾茂都 なんか『日本SFベスト集成』に収まっていても不思議のない伝統的な日本SFといった趣き。山本弘作品にもそうした匂いがある。
「いくさ 公転 星座から見た地球」福永信 ABCDという四人の主人公をめぐる小説、ということでいいのかな。不思議な味わい。印象的なのは確か。
「うつろなテレポーター」八杉将司 複製されるコロニーとその住人の話。量子論、意識の問題などは本書の他作とも共通していて、ここ数年の特徴と後々言われるのかもしれない。
「自己相似荘」平谷美樹○ フラクタルな構造の奇妙な屋敷で失踪した学者達。そこに出るという幽霊の正体を暴くべく科学警察研究所が立ち上がる。いわゆる心霊ハンターもの。不勉強ながら初読だが、なるほどこういうものならもっと読んでみたいな。
「大使の孤独」林譲治○ あまりに異質な知性体である異星人ストリンガーとの相互理解は困難を極めていた。結局観測ステーション・デイノーで共同の天体観測を通じて相互理解を深めることになっていたが、今度はそのデイノーで謎の死亡事故が起きてしまう。果たしてストリンガーが関与したのか、事故の真相は解明できるのか?これまた不勉強で初読。良質のSFミステリ。ファーストコンタクトを現代的に丁寧に考察しているところが素晴らしい。
The indifference engine伊藤計劃○ 内戦が続いて次々に少年兵が生まれるアフリカのとある国。とりあえずの停戦後、彼らのケアのためにナノマシンでの脳治療が施されるが・・・。再読だが、頭をガツンと殴られるような読後感は変わらない。トリを飾るにふさわしい傑作。ところでミステリチャンネルMysteryゲストルームで『ハーモニー』についてのインタビューがあって、次作の話(改変歴史物らしい)も出ていた。

 ちなみにトークショーは行けなかった。残念!全体としてはやっぱり伊藤・円城ペアが目立つ一冊かな。2008年版も出て欲しいものです。応援しましょう!