『ジャック・メスリーヌの生涯 世界を震撼させた犯罪王』 ジャック・メスリーヌ

 ジャック・メスリーヌの名は子供の頃に聞いたことがある。本物の怪盗がいると知ってびっくりしたものである。この本はその自伝である。物書きの経験なぞないはずの彼の文章は実に達者で勢いがあり、良質なクライム・ノヴェルのようにグイグイひきつけられる。本書を貫いているのはその強烈な美意識。世界を股にかけ32回の銀行強盗、4回の脱獄を繰り返した凶悪犯だが、貧乏人から奪わず、女や老人には暴力は振るわず、その一方で裏切り者や卑怯者は容赦なく処分し、「暴力を伴侶に選んだのは、危険を愛したからだ」などと書いてのける。登場人物の多彩さも本書を面白くしている理由の一つ。彼を悪の道に引き込む中年ギャングのポール、義侠心にあふれオトシマエをキッチリつけるが決して捕まらない相棒ギド、刑務所で意気投合した盟友ジャン=ポール、メスリーヌが敬意を惜しまない誠実なブルサール警視、一般人ながら彼の子供を生んでしまうソレと最愛の娘サブリナ、拳銃片手に強盗の共犯となる姿がカッコいい理想的なギャングの女房ジャヌー、他美女たち、苦悩する両親などなど実在の人物とは思えないほどキャラクターが揃っている。強盗や脱獄や裏切り者の処罰の場面に特に緊迫感があるが、その他にもマヨルカ島の要塞司令官別荘侵入後の顛末や冤罪に対する反撃など意外なエピソードも登場する。一時は社会復帰を志すも不成功に終わり、社会側の受け入れについても問題提起をする部分もある。その強い美意識がゆえに都合の悪い部分は隠されている可能性も考えられ、内容の全てが信じられるとも言えないが、少なくとも犯罪を犯しながらその頭の中に本書のような自分像があったことは大変興味深い。何はともあれ一読の価値のある本である。
 余談だが、逃走中にもかかわらずアポロ11号の発射を見に行ったあとその日のうちに捕まってしまった話がちょっとおかしかった。