『機械・春は馬車に乗って』 横光利一

 気まぐれに古本市で見つけて読んだが結構面白かった。どの作品も青空文庫で読めるみたいだけどまあ100円だったからいいか。

「御身」 姉に生まれた娘が可愛くて仕方がない弟。それなのに懐かないという話。あんまりウェットな感じが無い文章が読み易く、結構へヴィなことが淡々と描かれる感じがある。
「ナポレオンと田虫」 快進撃を続けるナポレオンは重度の田虫に悩まされていた。成り上がりのナポレオンのコンプレックスぶりを描く悲喜劇。今でもフツーに面白い時代を超えた傑作。筒井康隆っぽいなあと思ったら、『実験小説名作選』にも選出されていた。ドライな文章とユーモア感覚が似てるんだと思う。
「春は馬車に乗って」 不治の肺病である妻を看病する夫。こちらは基本的にはしっとりした情感のある話。水分過多にならない文章がかえって効果的。
「時間」 夜逃げした座長に置き去りにされ、宿の代金が払えない一同。郷里から送られた金で工面することになるが、結局は金のあるやつらは逃げだし、そして十二人が残った。やがて彼らも夜逃げすることになりるが・・・という話。ひもじい中で人間関係が暴かれていく展開が面白い。時間をめぐる観念的なテーマが重要なのかもしれないが、話だけでも結構楽しめる。
「機械」 ネームプレート製造所で働く主人公。主人のことは好きなのだが、他の職人との間にもめごとが起きてしまう。何となく名前は聞いたことがある著名な作品。馬鹿にされても平然とシチュエーションを楽しんでいる主人公、というのがユニーク。そして終盤の展開には驚き。これは娯楽小説読者もお試しあれ。全体の構造も機械の隠喩になっているらしい。※追記 以前ブログで言及した筒井康隆‘漂流 本から本へ’にこの「機械」についての文章が載っている
「比叡」 「比叡」「厨房日記」「罌粟の中」の三つはエッセイ風小説。これらはあんまり新感覚ではないような。これは家族で比叡山に行った話。
「厨房日記」 ヨーロッパ旅行の話。シュールリアリズムについて(発表会の話が時代的に興味深い)、国ごと騙したスエーデンの詐欺師、左翼運動への言及、日本と欧州の比較検討などなどエッセイ的ではあるが戦前であるだけに貴重な記録だろう。
「睡蓮」 取り立てて仲が良いわけでもなかった近所のご主人の意外な一面。これも情感のあるちょっといい話。やっぱり新感覚という言葉に拘泥してしまうとちょっと。
「罌粟の中」 ハンガリヤで夜遊びしちゃって楽しかったという話。なんだかなあ。ライオンの像をけなされて自殺した彫刻家の話が出てきた時は違う展開を予想したものの。
「微笑」 主人公の梶(「厨房日記」「罌粟の中」の主人公も同じ)は知人の紹介で天才的な数学の才能を持つ海軍の研究生栖方と知り合う。激しくなる戦局の中、出世をしていく彼だが、どこか危うさも持っていた。戦後に発表された作品で、敗戦に向かう日本の空理空論に陥りがちな若き軍人に期待をかけざるを得ない絶望的な状況が描かれる傑作。異常に数字にこだわる栖方の描写は数学の天才らしい実在感があって、うがった見方をすると実在の人物をモデルにしたようにも思われ、作家の観察力には舌をまく。ちなみに一種の<考え方>の話でもあるが、扇風機を投げる例えも登場したりしてちょっとびっくり。

 上にも書いたようにゴテゴテしていない文章が読み易くてよい。長編はどうしようかなー。