『跳躍者の時空』 フリッツ・ライバー

 結構歯応えあるよ、これ。
 ライバーはその昔サンリオの『バケツ一杯の空気』を読んで「こういうのがオトナの短篇なんだろうなあ」とその巧さに感心したものの、結局あまり読まないままだった。この作家は凄い!と思うようになったのは、「あの飛行船をつかまえろ」(河出文庫 20世紀SF4収録)や一昨年にジュディス・メリルの年刊SF傑作選を読んでから。それでも長編は「ビッグ・タイム」「放浪惑星」のみで、リーダビリティの高そうな<ファファード&グレイマウザー>も絶賛積読中(これも浅倉先生ぢゃないかグスン)。
 本作品集のポイントはスーパー猫ガミッチのシリーズ。猫属性がない当ブログ主(犬属性もない)でも楽しめたが、猫属性の人々にはたまらないだろう。その他がなかなか一筋縄ではいかない曲者作品ぞろいだ。(特に好みのものに○)

「跳躍者の時空」○ スーパー猫ガミッチ登場!って、これがガミッチ物では一番かな。猫からの深遠かつ低めからの(?)視点からの世界が鮮やかに描かれている。ガミッチの紹介から猫と子どものちょっとした事件の話に展開する手つきが本当に見事。飼い主の妄想かもしれない、とも読めるところも巧い。
「猫の創造性」 飲み水のボウルをひっくり返すといった何げないエピソードからこんな話を書くとはね。どんだけ猫好きなんだよ!
「猫たちのゆりかご」 気になる隣人の話から猫の集会の話になって、えっ!となる変な話。ちょっと意表をつかれたな。
「キャット・ホテル」 変といえばこれはもっと変。ガミッチの妹分サイコが病気になり、病院に行くことになったのだが、そこは奇妙なところだった。オチもどう取ったらいいんだろうなあ。ある意味ライバーらしい作品。
「三倍ぶち猫」 晩年にライバーの猫ものアンソロジーに書き下ろされたというガミッチもの最後の作品。幻想が連なる一筆書きのような美しい作品。自伝的要素も含まれているようで、小品ながらライバーの凄味が感じられる。長年のファンは狂喜しただろうなあ。
「『ハムレット』の四人の亡霊」○ 若い主人公が所属するシェークスピア劇団は個性派揃い。ある時酒で失敗したが断酒していたガスリーを再び劇団に迎え入れたが・・・。劇団のちょっと入り組んだ関係と舞台の裏表が絡み合って、お得意の虚実入り混じった世界が繰り広げられる傑作。基本的に悪人は登場せず、演劇愛にあふれた人物ばかり、というのが何ともよく、演劇経験豊富なライバーならではの作品ともいえる。ちょっとシモンズの「炎のミューズ」(SFマガジン2010年1月号)と共通する部分もあるが、読んだ印象は全く違う。これを四日で書いたって、そんな馬鹿な!
「骨のダイスを転がそう」 女房の目を逃れギャンブルに出かける男の話、なんだけどそう一筋縄ではいかない。二回読んでももう一つ内容が把握できていないのだが、読んだ印象としては、ダークでシュールなアニメーションをみているような感じで、映像的。
「冬の蠅」○ 三人家族の夕餉の一場面。それぞれの空想の世界が、現実を浸食し不思議な世界が広がる。これまた傑作。家族の何げない日常という点で、以前読んだフィッツジェラルドの「家具工房の外で」に雰囲気が似ているが、もっと複雑。
「王侯の死」 1910年の後半に生まれたわが仲間たち。いろんなことがあったよ。とりわけブルサールは異彩を放っていて・・・。解説読んでびっくり。えーそんな作りになってんのかよ!(ミステリのネタみたいなことではなく)いやライバーはオソロシイ作家です。
「春の祝祭」 プライドの高い主人公のもとに理想の女性が突然現れて。ああ好きなのに素直になれない!ってラノベやアニメそこのけのベタベタの設定なんだけど、そこに<七>をめぐるあきれるほどの蘊蓄が語られるというこれまた何とも説明しづらい話。いったいライバーって・・・。
 解説にもあるようにSFと幻想小説の融合、自伝的要素が盛り込まれた作品ばかり。このような作品群は実に個性的で強烈な存在感を放っている。ただ、なかなか読みやすいとはいえないものも目立ち、歯応えある短篇集である。