『怪奇礼讃』 中野善夫・吉村満美子編

 19世紀末から20世紀前半にかけての怪奇小説アンソロジー。この手の本格怪奇小説アンソロジーはそれほど読んでいないが、雰囲気のある作品ばかりで非常に面白かった。短めの作品が多くて読み易いのも初心者に有難い。以下特に印象に残ったもの。

「塔」マーガニタ・ラスキ フィレンツェ郊外にある塔。イタリア通の夫に情報を提供しようと思った主人公は夕暮れに塔に向うが。いわくつきの塔の雰囲気がいい。
「よそ者」ヒュー・マクダーミッド 酒場はあおの‘よそ者’の話題で持ち切り。それほど珍しいタイプの話ではないんだが、こういうのは好きだな。
「ばあやの話」H・R・ウェイクフィールド ばあやに怖い話をせがむ坊や。仕方なくばあやは以前勤めたレイド家の子どもに起きた出来事を話し始める。語り口に味があるというのかな。会話ですすむんだけどだんだん広がりが出てくる。
「祖父さんの家で」ディラン・トーマス ぼくが初めて祖父さんの家に泊った時のこと。隣の部屋から大きな祖父さんの声が聞こえる。これがボブ・ディランの名前の由来となったディラン・トーマスかあ。こんなところで初対面。不思議な余韻の残る作品。
「メアリー・アンセル」マーティン・アームストロング 夫とパブを営む地味な中年女性。実直な彼女には秘密の世界があった。これは好きだなあ。なんともいえない味わいのある傑作。集中No.1かな。
「谷間の幽霊」ロード・ダンセイニ わたしはある夕暮れに幽霊と会合した。その時・・・。おかしいような寂しいようなオチが印象的。
「囁く者」アルジャナン・ブラックウッド 想像力の豊か過ぎる作家。とある部屋にこもって着想を必死にまとめようとするが。これも楽しいなあ。好きな人が多いに違いない。
「今日と明日のはざまで」A・M・バレイジ 平凡な男がある日呪いによって迷い込んだ運命。SF風味のある作品。このアンソロジーにはいろいろなジャンルのものが入っている。
「髪」A・J・アラン 古道具屋で蓋の開かない奇妙な缶を手に入れたわたし。仕掛けに気づいて開けてみるとそこにあったのは髪の毛。後半はちょっと意外だったな。
「溺れた婦人」エイドリアン・アリントン 別荘で見た幽霊についてお話しましょう。これも取り立てて凄味のあるような作品ではないと思うが、アンソロジーの妙味というか、多ジャンル作品が並ぶから不意をつかれるような楽しさがあるんだな。編者はその辺実に心得てらっしゃる。
「昔馴染みの島」メアリ・エリザベス・ブラッドン 働き過ぎで神経を病んだ主人公。医者にいわれて、美しい無人島で休暇をとることに。もう取り戻すことのできない過去に関する切ない話。中年向け。これがなんだかじんわりとよくってな(泣笑)。
「死は共にあり」メアリ・コルモンダリー 頑固な建築家である義兄はどんなに暑い時でも幅の広い襟を身につけていた。その理由とは。まさに正調怪奇小説。地下聖堂の描写が素晴らしい。
「ある幽霊の回顧録」G・W・ストーニア 車に轢かれて幽霊になったわたし。さて幽霊の生活はというと・・・。これまたリアルな(?)幽霊の生活を活写したユニークな作品。コミカルなんだけどしみじみとした味もあったり。
「のど斬り農場」J・D・べリスフォード 「ああ、あそこはうちらの間じゃのど斬り農場と呼ばれよるとですよ」、この冒頭は最高なのだが世評ほど凄い作品だとは思えなかったな。これならディケンズの「殺人大将」の方が。

 随分昔の作品ばかりなのだが、全く古さは感じられず、丁寧に選ばれたことがよく分かる。幅広く小説読みにすすめられる好アンソロジー