『運命のボタン』 リチャード・マシスン

 マシスンもまだまだ読んでいないので、この本はちょうどいいタイミング。文句なく楽しめる実にリーダビリティの高い一冊。前半は短めのシャープな作品が並んでそれも悪くないのだが、後半には少し長めの傑作が並んで大満足。いいですよーこれ。特に気に入ったものに○

運命のボタン」 ある日届けられたボタン装置。後からやってきた男が説明するにそのボタンを押すと「見知らぬ者が死んで、五万ドルが手に入る」というのだが。シンプルな設定だけど鮮やかにラストが決まる。しかしこの短い話、どうやって映画にするの?
「針」 テレーゼに恨みのある主人公。呪いをかけてやる!これも巧いな。
「魔女戦線」 おしゃべりに夢中な美少女たち。なぜ集まっているかというと・・・。まあこの尺じゃ話は広がらないわけだが、美少女と戦争というアニメやライトノベルみたいな話が50年以上も前にもう書かれているのだからビックリだ。saveさんが書いていたが、現代的な訳がいいのかもしれない。
「わらが匂う」 妻が亡くなって数カ月。静かな生活を送っていた男の身に起こったことは。マシスンて悪夢の中に論理があるというか、その辺りがSFファンにも好感が持たれているんじゃないかな。これもそうした作品でオチの切れ味が良い。一方で解説にあるように「最後につじつま合わせや説明をするため、たまにそれまでの緊迫感や不条理感が台無しになることもある」のは表裏一体なのかもしれない。
「チャンネル・ゼロ」 事件現場に残された少年。彼の家族に起こったおぞましい事件のあらましを聞き出そうとする警官たち。録音テープに残された音や台詞のみで徐々に事件の真相が明らかになる、といういわば実験的ともいえる作品。でもきっと実験なんか考えていないよ。読者を単に驚かそうとしているだけでこうした形式になったんだと思うが、そこがマシスンの偉大さなんじゃないかなあ。
「戸口に立つ少女」○ ある日家に訪れた白いドレスの少女。母親は不吉な予感を感じながら、娘と遊ぶのを許してしまう。次第に高まるサスペンス。怖いな〜。突然訪れた不可思議な少女に大人の女性が翻弄されるという点でカポーティの「ミリアム」を連想させる作品。設定や両者のテイストの違いなど両作家の資質の差が感じられ興味深い。
「ショック・ウェーヴ」 古びた処分待ちのオルガンだが、老奏者は楽器になにかおかしなことがおこっていると感じていた。オルガンホラー。バッハのカンタータ131番ってこれかな→http://bit.ly/bXeYGa
「帰還」○ 研究のため500年後の未来に旅立つ主人公。不安な新妻に軽口を叩いていたが。既視感のある設定で読み始めはあまり期待していなかったが、きちんと不気味な話に仕上がっていてストーリーテラーぶりに舌を巻いた。
「死の部屋の中で」 車で移動中に夫婦が立ち寄った田舎の喫茶店は、愛想のない店主にまずい水とさえない店だったがやむを得ず注文をする。ちょっと平凡な作品だが、アメリカらしい大都市と大都市の間にある空白の部分にある独特の恐怖を描いた作品で、原作読んでいないけど「激突」と共通するかな。そういった系統のものの先駆といえそう。
「小犬」○ 夫と離婚して働きながら気の弱い息子を育てる主人公。息子の気持ちに反して、犬を飼わせたくない主人公だったが、ある日家に一匹の小犬が迷い込む。余裕がなく追い込まれた母親の心理が見事に描かれた傑作。心理サスペンスものも書けるんだなあ。心理小説としても読めるけど、あくまでも全体がエンターテインメントに仕上がっているのもまた見事。個人的には次の「四角い墓場」とツートップで。
「四角い墓場」 しがないロボット・ボクサー稼業。敵は新型、愛機はポンコツ。当て馬上等おとといきやがれ!オーナーのスティールが滅茶苦茶いい味なんだなあ。これも映画化とか。こっちは楽しい作品になりそう。
「声なき叫び」 言葉を話すことが出来ない少年。火災で亡くなった両親の代わりに保安官夫婦が育てることになるが。他の作品でもそうなのだが、設定を徐々に明らかにしていく手法が鮮やかなんだよな。その辺はミステリ的といってもいいと思う。少年の心理描写が映像的でマシスンの芸域の広さがうかがえる。
「二万フィートの悪夢」 飛行機嫌いの主人公。イライラする中、翼をみると不気味な怪物が。たまらず叫ぶ、スチュワーデス!最後はやっぱりミステリーゾーン・ホラーに戻る。多彩な作品の後だという並びもいい。

 マシスンの作品は、優れた理知的なSFアイディアがあって、ほどよいホラーテイストがリーダビリティの高さにつながり、設定などを徐々に明らかにするミステリ的な手法がストーリーテリングの巧さとして結実している、というようなエンターテインメント小説の様々な要素が絶妙にブレンドされているところが魅力で、幅広いジャンルに影響を与えてきたのも当然だと思われる。実は再録のものが多いので、古くからの熱心なファンなどには多少物足りないかもしれないが、ほとんど初読だった身には大満足。作品のバラエティや現代性といった点で「13のショック」より上。自分のようなマシスン初心者におすすめ。