『盗まれた細菌/初めての飛行機』 ウェルズ

 今さらだがウェルズに興味を持って少しずつ読んでいる。そんな中バラエティに富んだラインナップの古典新訳文庫から短篇集が。忙しくてなかなか読書スピードが上がらない状況だが薄いので、早速手を伸ばした。(○がおススメ)

「盗まれた細菌」 とある細菌学者が、培養していた危険な菌を盗まれたというそのまんまの話。パニックものの萌芽が見えるところはちょっと面白い。
「奇妙な蘭の花が咲く」 既読。これってリトル・ショップ・オブ・ホラーズなんだなあ。これまた今さら失礼。
「ハリンゲイの誘惑」 冴えない画家の絵に現れた悪魔。この頑固な主人公はウェルズ自身なのかな。
「ハマーポンド邸の夜盗」○ 大金持ちのお屋敷のお宝を狙う泥棒。テンポのいいピカレスクロマン。こういうの書けるんだー。
「紫の茸」○ コツコツ商売をやってきた男。派手好みの妻と喧嘩してついに茸を口に・・・。キノコトリップもの。何てことはないのだがドタバタでもないブラックユーモアでもない不思議なおかしさがある。
「パイクラフトに関する真実」○ まだ慣れないクラブの会合の時出会った太り過ぎの男。どうやらダイエット法を知りたいらしい。モンキー療法の先駆か。奇妙な味愛好家の皆さん是非ともおススメしたい一作。
「劇評家悲話」 上司の命令で渋々劇評家になった主人公。次第に人格が壊れて。今となるとよくある話。ただ人格をつくる基盤への疑念、といった話は時代的には先を行っているのでは。
「失った遺産」○ 啓蒙文学を書くことを生きがいとする孤高の伯父の遺産を受け継ぎたい主人公。いよいよ伯父の命が残りわずかとなる時・・・。完成度の高い一篇。こうした巧い作家という印象はあんまりないんだよな。
「林檎」○ 列車の隣に座った男は知恵の木の林檎を持っているという。これも一風変わった雰囲気のある話で、いろんな読み方が出来る。
「初めての飛行機」○ 念願の飛行機を手に入れた主人公。練習なんかいいから早く飛びたいぜ!厄介事はママが解決するよ!という、いい気なマザコン野郎のスラプスティックコメディ。こんなのも書いてたんだなあ。失敗しても反省を微塵にも感じさせないところがとにかくおかしい。
「小さな母、メルダーベルクに登る」 そんないい気な野郎、今度はママと高山へ出かけたのさ!もちろん今回も反省は一切ありません(笑)。

で、同時代の作家、マックス・ビアボウムのウェルズに関するパロディ短篇(付録1)とヒトコマ漫画(付録2)が最後に載っている(軽妙なエッセイを得意とし、エッセイとも小説ともつかないものも結構書いていたという興味をそそる作家)。元ネタが十分に分からないのがもどかしいが、(理屈っぽくて偏屈な!?)ウェルズの人となりが何となく感じられるオマケである。

小説の分量的には少々物足りないが、古典新訳文庫は解説が充実している。本書でもウェルズの経歴やその時代についてがしっかりと紹介されており、その辺も大変面白かった。