『どうで死ぬ身の一踊り』西村賢太

もうすっかり話題の人となった著者。初めて読んだ。

大正時代に極貧生活の中で野垂れ死んだ無頼作家藤澤芿造。主人公はその生き方に共感を覚え、狂おしいばかりに思い入れ、全集刊行を目指す男である。しかしその生活は同居する女やその家族から金を借りるばかりかちょっとしたきっかけから女に暴力を振るうといった自堕落なものだった。

読んでいて懐かしい手触りを感じた。中学生くらいの頃小説を読み始めたときに読んだ日本文学の名作のいくつかを思い出す。一方で、登場する光景が現代日本ならではのものもあり、不思議な味わいになっている。主人公はいわゆるダメな男だが、そこはかとなく情けなさがユーモラスにあらわれているところが不快感を和らげる。むしろ共感すら覚えてしまう。私小説の面白さとはこういうものなんだなあ。どこかで書かれていたが、主人公が客観視されているところがよいのだろう(坪内祐三氏の解説に、元々私小説を意図していなかったために自らを美化していないのでは、と分析されている)。
編入っているが順番もいい。まず「墓前生活」で主人公の藤澤芿造への異常なほどの思い入れが描かれ、一番長いタイトル作でその勝手な生活ぶりが見事に描かれ、最後「一夜」での女とのやり取りがエピローグのようにしめられる。
とうの昔に亡くなってしまった有名とはいえない一人の作家をめぐる日々が小説として結実している。世の中には色々な小説があるのだなあと驚かされた。