『白檀の刑』 莫言

 なかなか凄まじい小説。
 舞台は西太后の君臨する清朝末期。租借地で傍若無人のふるまいをするドイツ兵に女房子供を殺された孫丙(猫腔=マオチャンという地方芝居の座長)は復讐の鬼と化し私兵を集ってドイツ兵を襲撃。事態の収拾を迫られる政府だったが、当の県知事(銭丁)は孫丙の妖艶な娘(眉娘)と愛人関係にあった。そして重罪人は残酷な処刑を受けることになるのだが、孫丙に対しては名高い処刑人趙甲が指名されるのだが、この趙甲は眉娘の冴えない夫趙小甲の父親でもある。腐敗し硬直化した旧来の政治体系の崩壊する激動の時代を背景にこの主要登場人物入り組んだ五人の運命が展開される、という話。
 処刑名人の趙甲が主要登場人物の一人であるように「いたぶりながらすぐには殺さず、見事な見世物にする」様々な処刑が大きな読みどころになっているという毒性の強い話でもある。残酷な描写に加えて糞尿描写も頻繁で強烈な悪臭も漂ってくるのだが、その一方出てくる食い物のうまそうなことうまそうなこと!さらには猫腔は歌劇でもあり、見せ場になると皆歌いだすので五感に積極的かつ猥雑に働きかけてくる騒がしい小説である。そうした破壊力の一方で究極の処刑<白檀の刑>をめぐってクライマックスへとなだれこんでいく作者の構成力にもうならされる。また猫腔のよる演劇性がメタフィクションに通じる点も見逃せない。
 しかしなんといっても印象に残るのは登場人物たちの圧倒的な存在感だ。人は肉を喰らい、糞をひり、歌を歌い、血を流し、そして死んでいくのだ。