SFセミナー2011

 SFセミナーに今年も参加。今回は若島企画やラファティ企画などあったので夜も参加。
 備忘録的にまとめ。

○昼の部
1.上田早夕理インタビュー
 聞き手は小谷真理さん。『華竜の宮』は大体読了していたので話がよく分かった(間に合ってよかったー)。印象的だった発言を箇条書き。
・子どもの頃から生物好き。特に蝶のように完全変態する昆虫が好き。人間も変われないのかなあと考えてきた。(いかにも特撮で育った世代だなあと親近感を覚えますな)
・人間が変わることに興味があるので遺伝子改変など(フィクション上では)モラルはあまり意識しない。
・最初から海洋SFを書きたいと思っていたが発表の場がなかった。
・自分の作品がホラーと相性がいいとは全く考えていなかったので異形コレクションとの出会いは大きかった。
・「小鳥の墓」(『魚舟・獣舟』収録、クリーンな管理社会で育ちながら社会から逸脱してしまう人物の話)は若い世代から支持があった。
 『華竜の宮』は評判に違わぬ傑作で、ふんだんな多方面に及ぶSFアイディアがそこだけにとどまらずダイナミックな社会変化を引き起こすところまで考察されているのでいろいろな角度から論ずることの出来る大作である。その根本に生物変容へのこだわりがあるというのは、科学技術が人間に与える影響について描くというSF王道のセンスで、まさに生来のSF作家といえる方だと思った(人間をどんどん変えちゃえ!という点でためらいがないのでなかなか過激な人だなあと感じていたのだが、小谷さんもそう言っていたのがちょっとおかしかった)。一方では『華竜の宮』をはじめ、作品中では社会のマネージメントという面においての人類への視線はなかなか厳しいものがあってペシミスティックな印象がある(「小鳥の墓」についても人間の持つ根源的な悪をコントロール出来ないというような話が言及されていた)。ハードなアイディアと人類への辛らつな視点、というのがユニークなこの人の特徴かな。初期作はまだなので読まないとなあ(またまた宿題w)
追記(5/5) もうひとつ、ポストヒューマン的なSFは多いものの、<意識>とか観念的な方向性になりがちで<肉体>など生物学的な方向への関心がもっとあるべきなのでは、と言っておられた。まさしく生物学的SF作家として個性的な成果の期待が高まる素晴らしい視点だと思った。
2.乱視読者の出張講義ージーン・ウルフ編(補講)
 若島正さんによるトークショー。完全に講義形式だったので笑った。あーホントの講義の方を自分も選択したかったよう。さてテキストはジーン・ウルフ‘Sir Gabriel’。これどこかでエッセイに出て来たような気もするが・・・それでも結局キモのところは分かっていなかったのでやっぱりダメな生徒なんだな(笑)。読み解き方の詳細はさておき、ジーン・ウルフは難解といわれる一方で読み巧者には「よく読むと必ず理解出来る作家」ともいわれる。ちゃんと理解に必要なことは文章に書かれている(らしい)からである。小説をめぐる歴史的な背景などは重視せず、その小説に書かれている文章を読みこんで分析をするのを新批評(ニュー・クリティシズム)というそうだ。これは20世紀中盤に席巻した手法らしく、現在ではやや時代遅れとみなされているらしい。しかし若島さんは現在もそれは有効なのではと考える。なぜならその手法を教えることは「初心者にかなづちと釘の使い方を教えるようなもの。家は建てられなくても犬小屋くらいはつくれるようになる」(川崎寿彦がこのようなことを書いたらしい)ということだかららしい。とはいえ不器用な人もいるからな・・・。さて講義終盤「アイランド博士の死」(『デス博士の島その他の物語』収録)を前日偶然読んで感動されたというお話から見事なオチがついて、さすが関西の先生のユーモアの見事さにこちらは感銘を受けたのであった。
3.ミリタリーSFの現在
 堺三保さんと岡部いさくさんによるミリタリーSFの話ですが、ミリタリーものはホントにうとくてほとんど聞いてませんでした失礼。軍事評論家で有名な岡部さんはどうやらかなりSFファンのようだ。
4.「SF Prologue Wave」発進!
 日本SF作家クラブ公認のウェブマガジン「SF Prologue Wave」がはじまった。SF新人賞が休止になる中で、新しい作家の発表の場が失われるという問題意識から生まれたとのこと。編集長の八杉将司さん副編集長の片理誠さんが中心で、日本SF評論賞の若手評論家たちもからんでくるらしい。まだ十分に方向性が決まっていないようだが、現在ショートショートやコラムが載っている。井上雅彦さんや増田まもるさんが後見人のような立場をされているらしい。出版不況が震災後紙不足などからさらに深刻化し小説自体の発表する場が失われる危機感から、年長者である司会の大森望さんや創元の小浜徹也さんや井上雅彦さんからは長編をそのまま載せるようなもっと思い切ったことをしなくては意味がないのではという厳しい意見が相次いだ。それに対し「まずは若い作家たちの名前を覚えてもらう方法の一つとしてショートショートを載せている。無料で小説を載せることについては反対意見もあり長編については検討中。まだ方向性が固まっているわけではないのでこれからいろいろ新しいことをやっていきたい」ということだった。今後にご期待ということだが、出版不況の問題は深刻だなあとそちらの方がむしろ気になってしまった。
追記(5/6) そうそう、この企画にはビジュアル面を担当されているYOUCHANさん(Speculative JapanのカバーイラストなどSFファンにもお馴染み)が登場されていた。ずっと‘ようちゃん’ではなく‘ゆうちゃん’さんだったのか!しかしなんのことはないHPや個展の紹介にはちゃんと書いてあったな・・・いや情けなや。

さて夜の部(合宿)。実は今回が3回目と夜は時々しか参加しないんだが今年はラファティの冊子が充実していることを聞いてそれが目当てで。まあ他もウルフ、ダールグレンとくるし。並行していろんな企画が行なわれているのだから、もちろん参加したものだけの感想を以下に。
a.乱視読者の出張講義(補講)
 さて昼の続き。いろんなディープな質問がとんでいた。印象的だったのは新批評のアプローチを行なった上で、若島さんは「分かりきったことまでしか(講義として)教えない」とおっしゃっていたこと(たとえば数秘術を使ったりはしないとのこと)。この辺は客観的事実を慎重に掘り起こしていく科学者出身っぽい発言だなあと思った。あとウルフは技巧的といわれるがその構造や仕掛けがウルフの手の内にあるともいえるため、「ウルフの小説が閉じられたものなのではないか」という指摘もあった。それに対し柳下毅一郎さんからは読書という孤独な行為が描かれるウルフの小説は小説読者に普遍的な意味を持つので閉じられていることにはならないのではという意見が出た。‘Sir Gabriel’は読書について書かれた小説で二通りの解釈が成り立つ話なのだが、それが救いなのか呪いなのかは分からないという話が面白かった(これがなんとラファティ企画につながっていく!)。若島さんは小説を<読者の寓話>として読む傾向があるとのことで、なるほどウルフはそんな作家かもなあ。若島さんというと理知的な解析が特徴のため、一般的な意味で普通の読者のように小説を読んで感動するのか、というなるほどな質問も出た。答えはイエスで、授業で小説を朗読している時に感極まるようなこともあるとのこと。やはり小説好きが基本にあるのだな〜と感動。で、「ナボコフよりディケンズの方当然ずっと偉い」という発言もあって牧真司さんが驚愕していたのがおかしかった(いや私も同じく驚愕した口ですが(笑))。そーなのかー。
b.国書「ダールグレン」
 もう出てるはずだったので組まれた企画で、国書刊行会樽本周馬さんと巽孝之さん出演。タイポグフィックが凝っている作品らしいとか震災後に読むと興味深そうとか引越しのシーンが延々と続いているとかいまだに誤植が直され続けているとかいろいろ話が出たがやっぱりイメージがわかない。最後まで読めるのかなオレ・・・。いや買うけど。あとディレイニーの叔母さんたちが百歳をこえてベストセラーを出したこととか、ディレイニーの拾ったパートナーの話とか面白かったなあ。
c.三十年目のラファティ
 『九百人のお祖母さん』刊行から三十周年、『翼の贈りもの』は出たし、『第四の館』も出るよ!ということでの企画。柳下毅一郎さんと牧真司さん出演(大森望さんも)。とにかくちょー混んでた!若島さんの部屋もいっぱいだったけどさらに人口密度が上昇し座る場所を確保するのも大変だった。さてラファティについてはもともと非常に優れたセレクションによる『九百人〜』を分かりやすさの頂点として、分かりにくいものが未訳として残されている傾向にある。柳下さんはそこにラファティカソリック性をみる。そこで『第四の館』の基本となる聖人テレサについての話が紹介された。酔っ払いのオジさんというキャラで扱われがちなラファティが膨大な知識を有するらしい(まあそんなに意外でもないかな)。牧真司さんの話が印象的だった。(大意なので信用しないでね)「太古の昔から宇宙に進出するような未来まで、ラファティの話は時代を超えて面白い。ラファティが大いに売れたりするようなことはないので、なかなか継続してラファティが出版されることがなくファンはがっかりするが、必ず小出版社や個人などが情熱を持って作品を発掘することになる。その動きは頓挫してしまうことが多い。しかし悲しいことばかりではなく、また新たにそういう出版社や個人が現れる。ラファティの作品が死ぬことはない。ラファティを読むと元気になる、明るい気分になるというのはそういうことではないか。ラファティは希望の作家なのだ」

 というわけでSFセミナー今年は特に楽しかったな。スタッフの皆様ありがとうございました。