『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』 ジュノ・ディアス

 主人公オスカー、年齢=彼女いない暦のキモオタ。こじらせたオタクに怖れた母さん、彼を故郷のドミニカへ。なんとそれは‘フク’という呪いのせいだったノダ!
 とまあ本書に載っているあらすじをアレンジするとこんな感じなのだが、実はこの本オスカー君は主人公ではあるものの、彼の話ばかりではない。小説の重要な背景はドミニカの独裁者トルヒーヨの想像を絶する圧政の時代。かくして話はオスカーの姉、まさしくその暗黒時代に翻弄された母親、語り手自身と多面的に展開していく(ドミニカでこんなことがあったとは。不明を恥じ入る)。こちらと全く同世代であるオスカーの日本ものを含めた尋常ならぬオタク知識ぶりに爆苦笑し、あまりに壮絶な独裁体制を庶民側から諷刺混じりに描く手さばきにうならされるうちにあっというまに読了。こりゃあ新しい。バルガス=リョサに挑もうとする血の気の多さにも大いに魅力が感じられる作家による野心的な傑作。翻訳のためスペイン語学校にも通ったという訳者の著者に負けない熱さにも感動(岡和田晃さんも暗躍されていた様子)。

追記 耽溺するマニアと家族の話であるということで、「ファン・ホーム」を連想した。個人の救済というテーマが見え隠れするのも共通している感じ。基本的には安定している米国社会と恐怖政治時代のドミニカとは全く異なるが、「ファン・ホーム」にも社会問題は確実に影を落としていた。騒がしい本作と静謐な持ち味の「ファン・ホーム」とカラーは対照的なのも面白い。とにかく今年は翻訳物が充実していて嬉しい(悲鳴も)。
どうでもいい追記(9/21) その今年出た充実した翻訳群も既にフォローしきれず。うーむ。