ウソから出たマコト

 ミュージックマガジン9月号(最後のとうようずトークが載ってる。ガチで遺書になっていてドン引き。)とか、10月号の中村とうよう追悼特集(「(ドアーズ0点について)もう少し冷静になった方がいいんじゃないか」と内田裕也が言ってて笑った)とか、亡くなって刊行された音楽エッセイ集『中村とうようアンソロジーとか読んでみた。
 80年代は舐めるようにミュージックマガジンしかも中村とうようの文章を読んだものだなあ、とあらためて思った。一方で現在は昔のR&BやB級ファンクばかり聴いていて、結局彼がその頃積極的に紹介していたワールドミュージックにはあまり傾倒しなかったという感想もある。大衆の支持という実にとらえ難いものによって成り立つ大衆音楽に理想の形があると主張し探求するという姿勢は、フツーに音楽を聴いてきた中学生には「なんだかすごい過激なことをいうおっさんがいるなあ」という驚きからはじまっていつのまにか強引に影響下に巻き込まれるようになった。しかし挑発的な物言いはしばしば矛盾を生じ、納得のいかないことも多かった。それだけでなく(いろいろな音楽を聴くようになった現在でも)絶賛されていた音楽の中に面白いと思えないものも結構ある。
 そんな中で一番自分が影響されたのは「ウソから出たマコト」の話。これはキューバの歌手ミゲリート・バルデスについて表現したもので、彼は‘ババルー’など黒人らしい曲で人気を博したのだが、実はスペイン人とメキシコ人の混血で黒人系ではないということについての話。つまり<黒人を演じる>という客観性がむしろ豊かな音楽性を生むこという視点だ。いわゆる黒人音楽の歴史に、白人が黒塗りして演じられた<ミンストレルショー>が深く関わっている話もよく言及していた。当然こういったものが流行する背景には差別的な視点が含まれているわけだが、そこから被差別者たちの自立・誇りを生み出す音楽が生まれるというダイナミックな展開が面白く感じられた。また肩が凝らずに楽しめるはずの大衆音楽がマニア化するにつれ、つい<本物の××>とか<真の○○>とかをこしらえて、挙句の果てに「あれはニセモノ」だとかいう行為のむなしさを教わった気がする(そんなこといいながら本人は狭量だったのでは、というツッコミはこの際受け流すことにする。いやきっと寛大なところもあったはずなんですよ(笑))。
 ルーツを探そうとしてもタマネギの皮のようにどこが本当の核なのかわからない、そんな話は当時はまっていた<ほんもの/ニセモノ>をテーマにしていたフィリップ・K・ディックの小説のようでもあり、自分の中の重要な考え方の一つとなってしまったのだ。