『大奥』 よしながふみ

 既にティプトリー賞を受賞している作品で、遅ればせながら読了。噂以上の傑作。

 罹患者がほとんど若い男性で異常に死亡率の高い架空の伝染疾患(赤面疱瘡−あかづらほうそう)が大流行し、男子の人口比率が女子の4分の1になってしまった江戸時代。庶民はやむを得ず女子により家督相続ををするようになり、男子は大切にされ子種をなす役割を担うようになる。やがて将軍職も女子が引き継ぐことが常態となるが・・・。

 ということで、ティプトリー賞だから当然ジェンダーテーマの改変歴史もの。ただそんじょそこらの作品とは違い、単純に男女を反転させたようなものではなく、周到に男女の入れ替えを巧みに出し入れ(入れ替えるところは入れ替え、そのままのところはそのまま)、実際の歴史あるいは現代社会問題を陰画として浮き出させる実に高度な試みに成功しているのだ。単なる一枚の紙の裏表ではなく、現実の歴史に対して架空世界が2重螺旋の一対のように立体的に旋回しているかのようである。歴史の様々な出来事がジェンダー的な切り口で次々と反転されるところはホントにお見事。また登場人物はどれも善悪両面がきちんと描かれ(例えばワガママ姫君だが愛されキャラの綱吉とか有能だが人の機微が分からない吉宗とか)、特に涼しげな目元の一方でギラギラした野心をみせるイケメンたちの暗躍に目を惹かれる。それぞれを待ち受ける運命はいずれも過酷であるところも(まさに歴史とはそういうものなのかもしれないけど)、素晴らしい。

※追記 「IFもの」といわれた改変歴史SFもはじまった当初は単一の切り口で「こういうことが起こったらどうだろう」という素朴なシミュレーションの小説だった。それがいまやこの作品のように高度なものになったことを考えると感慨深いものがある。