『殺人者の空』 山野浩一

創元SF文庫の山野浩一傑作選の2冊目(2冊で終了)。
「メシメリ街道」 恋人の家に行こうとしたら謎の道路が出現。多少シンプル過ぎるがかみ合わないシュールな会話がおかしい。
「開放時間」 21世紀に入り人類は開放時間の世紀に突入。山野流時間SF。独特の高揚感の無さが味というかなんというか。いわゆる普通のSFだがところどころ著者らしさが。
「闇に星々」 未来を舞台に駆け出し作家がテレパスに会って遭遇する出来事。なんとなくモチーフは初期ディレイニーを思わせる。「開放時間」もそうだけど普通のSFの方が冴えなくなる印象。
「Tと失踪者たち」 徐々に人々が消えてしまい社会は次第に崩壊する。こういったシンプルな話は著者に多い気がするが、通常のパニックSFだと俯瞰的な視点で描かれるところを個の視点からアプローチしている点が現代的。しかも個の視点でありながら人間や人類あるいは実存といったテーマに広がっていくところが素晴らしい。やはりSF作家らしい捕らえ方だと思うんだよね。
「φ(ファイ)」 ファイになった旧友を訪ねる話。これもSFらしい作品だが後期のものでタイトル通りに虚無感が漂う。
「森の人々」 森を歩くうちに、伝説のような存在である森の人々が実在することを知る。幻想的なショートショート。いいよ、これ。
「殺人者の空」 加熱する学生運動の最中、内通していたKを殺害してしまう主人公。途方もない世界へと入っていく終盤がすごい。深く理解できていない気がするが傑作だろう。
「内宇宙の銀河」 「ある日私は、道端にうずくまることを覚えてしまった。」という秀逸なツカミから始まるシュールSFでこれまた終盤の加速度が圧倒的で鮮烈なイメージ。翻訳者の増田まもるさんが<バラードにおける加速度>の話をしていたことを思い出した。
「ザ・クライム(The Crime)」 山岳幻想小説、だろうか。ちょっと内容は?の「霧の中の人々」と重なるか。他の登場人物もいるけど基本的に孤独に山登りをする描写が続く半紙だが、次第に(これまた)著者らしい深遠な世界に入っていく。これも傑作だなあ。山登りの人に不評というのはたしかで、ネットで山岳小説ファンが低い評価をしていのを読んだことがある(あまりSFとか読まない人のようで、それはそれで偉いなと思ったけど)。

 2冊通して読んだのでボリュームがあったな。上下のうち完成度の高い7〜8作を1冊に集めたら超絶な傑作集になった気もするが、まとめて多くの作品を読むことによって著者の資質に気づかされる面もある。あらためて好企画を実現してくれた東京創元社に拍手。

※追記 本書のあとがきで「もう小説を書くことがない」理由について書かれている。要は「創作でやるべきことはやった」ということなのだが、さらに「それでも満足できない読者は書いても満足することはない」ということも書いている。全くその通りなのだがあまりに明快明晰でかえっておかしくなってしまった。