『道化師の蝶』 円城塔

 第146回芥川賞を受賞。円城塔は主にSF畑を中心に活動を開始し、トークショーやイベントでもたびたび見かけている方だけになぜか自分のことのように嬉しくなってしまった(いつも礼儀正しく温厚また独特のユーモアあふれる語り口でとても応援したくなるキャラクターなのですよ)。おめでとうございます。
 さてこそそんな愛されキャラの一方で、作品はなんというか一癖も二癖もあって、理解したぞ!と感じたことがない。SF作家としての側面から奇妙な視点や信じられない発想は非常に面白いのだが、作品の全体の構造が見えてこない(図形をイメージしていることもあるらしいのだが、さっぱり分からない)。
 というわけで少し間を置いて挑戦しようかなと思っていたのだが、さすがに大きな賞を取ってしまったのでやっぱり読んでみることに。
 本書には独立した二つの作品が入っている(どちらも80P程度で中篇2作といった感じ)。

「道化師の蝶」 
 虫捕り網で発想を捕まえようとする人物が追いかける謎の天才多言語作家。この二人を中心に発想・言語などのテーマが刺繍のイメージを連想させつつ展開する話。
 ととりあえず言い切ってみたもののどうも心許ない(笑)。作者は複雑系の科学者だからその素養を使った作品もあったりしたようだが、さすが芥川賞に何度もノミネートされるようになり滑らかな語り口でヒントとなる言葉も比較的明示されるようになった印象がある。ただその分理解出来そうなんだけどそれこそ蝶のようにひらりひらりとかわされているような感覚もある(大森さんの解説もなるほどお見事と思うがまだまだ謎は多い)。ポイントは裏表同じ模様となる刺繍なんだろうなあ。なんとなくVの字を連想させるところが多いのも気になる。ナボコフが重要なモチーフなんだけど、ナボコフはVで始まりVで終わる名前でミドルネームもV。全体がローマ数字のV章になっているのも偶然ではないだろう。裏表同じ模様ということで、中盤で裏返す部分があるのではないかと探したがはっきりしない(それがVの字の折り返し部分と思ったのだが巧くいきません(笑))。登場人物の男女の逆転などあってジグザグに刺繍を縫っていくようなイメージがあると思うんだけど・・・。とにかくいろいろな感想が頭に浮かんでくる刺激的な小説だ。

「松ノ枝の記」
 互いに合意の上でいい加減に作品を翻訳しあう外国の作家と日本の作家。次第に原作が出来る前に適当に翻訳作を作ってしまうような自体似エスカレートし、いつのまにか「お前が先に書け」みたなトラブルが。
 よくこんな話思いつくなー(笑)。しかしこれはあくまでもイントロで後半は種としての人類の記憶みたいな話やらミステリ的な仕掛けやら登場して意外に壮大なスケールに発展。いや予想外。海と記憶のイメージがどことなくジーン・ウルフの「アイランド博士の死」を想起させる。

 一般的な意味で分かりやすくなったという表現は使いづらいけど、大分親しみやすさが増してきた気はする。全体のテーマみたいなものをはっきりと提示する傾向が出てきたのかな?一方アイディアの豊富さは相変わらずで内容が薄まった印象も受けない。「道化師の蝶」でアイディアをたたみかける部分はSFのワイドスクリーンバロックに通じる風味もあり、その意味では大森さんによる「SFが芥川賞をとった、という人がいても無茶ではない」もSFファンとして(心情的には)納得できる。

※少し直しました

※さらに追記 その後、受賞記念対談島田雅彦×円城塔の載っている文學界3月号と受賞記念インタビューの載っている群像3月号それからもちろん文藝春秋三月特別号を買った。円城さん関連のところしか読んでいないけどどれも面白かった。あと群像3月号に載っていた岸本佐知子訳エレン・クレイジャズ「ピンク色の三角」が幻想系好きの読者にも楽しめるなかなかの佳作だった。