『天のろくろ』 アーシュラ・K・ル=グウィン

 気弱な青年オアが見る夢には現実を変える力があった。精神的に不安定な彼の治療に当たるヘイバー博士はその能力を利用しようと画策する。オアに同情した弁護士のヘザーは協力を試みるが・・・・。

 ル=グウィンがディック張りの幻覚SFを書いたということで知られる。なかなか面白かった。もちろんディックとは資質が違うので現実崩壊感覚というのはさほどでもなく、むしろル=グウィンらしい作品。人口爆発、戦争、疫病などなど終末感あふれる未来社会が描かれるが、主要登場人物は上記の3人で現実が改変していろいろ起こっても、3人の関係ややり取りが話の中心でどことなくウィルヘルムの「クルーイストン実験」を連想する。「クルーイストン〜」では夫婦という男女の支配関係が軸だったが、本作では男同士で医者ー患者関係という支配ー被支配関係が軸となる。(ネタバレ気味になるが)・・・・どんなに現実が改変されても強固な家父長のようにヘイバー博士はオアを支配し続けるところが怖ろしい。気の弱いオアは心理的に独立できなず、協力的なヘザーも解放者足りえないのだ。終盤に突入するディザスターは読み応えがあった。
 やや重苦しいモチーフだが長篇としては短めで、医師が夢分析を行なうという古典的なシチュエーションから始まる短篇の延長線上として読み進めることが出来る。古典文学からの引用とビートルズの歌詞が登場するところなどは、古典文学とポップ文化をSFで融合させようとしたディレイニーなどアメリカンニューウェーブらしさもうかがえる。