『アサイラム・ピース』 アンナ・カヴァン

 








   アンナ・カヴァンの小説を読むのは独特な体験である。話の筋というより、小説から立ち上る空気・温度・色といったものが読後感として残るのだ。感じられるのは透明で張り詰めた寒々しい空気、零下に及ぶような強烈な寒さ、そしてそうした冷気から連想される雪や(名高い作品のタイトルと同じく)氷のような白や透明といった色。白を基調とし鋭利な刃物のような美しさを持つ本書の装丁はまさに作品そのものである。
 基本的には一篇一篇が大変短い短篇集で、どれもが同じ話といっても構わないだろう。何者かによって拘束あるいは自由を奪われ絶対的な孤独の中に幽閉された主人公。そしてそこから逃れることは絶望的に不可能なのだ。その絶望はその時のまま凍結され、無限の停止あるいはループのまま閉じ込められてしまっている。
 本書の最後の作品に書かれているように、カヴァンの小説では奪われた時間というものが描かれている。時間が凍結され奪われる、という観点からSFとして評価されたのは現在となってはよく分かるが、40年前に『十億年の宴』においてバラードの破滅小説と並べてSFの観点から『氷』を評価したオールディスの慧眼には改めて畏れ入る。

※追記 というわけで自分の中ではアンナ・カヴァンは冬のイメージと強く結びついている。今年の冬はとりわけ寒く、自分の住んでいる関東地方でも数年ぶりの大雪が降った。「アサイラム・ピース」が出た年の冬のことを覚えておくことにしよう(笑)。

※追記(3/3)毎日新聞若島正評→http://mainichi.jp/feature/news/20130303ddm015070046000c.html
アンナ・カヴァン誕生の書の側面か。

※さらに追記(3/4) そういえば本書でごくたまに主人公の家族や理解者が顔をのぞかせるが、主人公と分断されている。これは救いを求めていたのに応えてもらえなかったことのあらわれなのだろうか。