『サイバネティックSFの誕生―ギリシャ神話から人工知能まで』 パトリシア・S・ウォリック

 










 長くSFを読んでいるとサイバネティックあるいはサイバネティックスという言葉はよく目にする。サイボーグとかサイバーの語源なのだが実はあまり意味が分かっていない。ウェブの辞書を調べると「サイバネティックス[cybernetics]:アメリカの数学者ウィーナーによって創始された学問。生物および機械における制御・通信・情報処理の問題・理論を、両者を区別せず統一的に扱う。サイバネチックス。」などと書いてある。うーんなかなか難しいが、本書の題名におけるサイバネティックSFというのは機械や技術と人間の関わりを表現したSFということは言えそうだ。
 さて本書はそんなタイプのSFについて、源流としてギリシャ神話まで遡り、そこから孤立システム→閉鎖システム→開放システム(進んだコンピュータ社会)と進化していく過程を多くの実作を例に取りながら分析してしている。人間と機械のシンプルな関係というのが孤立システム(例えばロボット)で、コンピュータにより社会がどう変わるのか閉ざされたシステムでシミュレーションする閉鎖システム(理想的な社会反ユートピア的管理社会が描かれることが多い)、コンピュータにより社会が進化しより高度な世界に広がる開放システムへと変貌していくという。
 テーマをほどよく絞っていて無駄なく解説がつけられており、30年以上前に書かれているがさほど古びたところはなく作品への評価は時に辛辣ながらコンパクトにSFの歴史を振り返ることが出来る。(今となってはスタンダードな範疇だが)特にディックの分析が優れていて、久しぶりにディックを手に取りたくなった。レムも高く評価されているが、当時は7、8冊ほどしか英訳が無いようでロボットものやピルクスものしか言及されていない(日本のファンの方が恵まれていたのかもしれない)。
 もう少し後の時代でサイバーパンク辺りまで言及されるまでになればなお面白かったかもしれないが、コンピュータや遺伝子工学が既に発達した時代であり基本的には現代に通じるテーマが十分網羅されており、今読む上で大きな問題はない。一方、進歩主義的というのだろうか反ユートピアものが進化したSF(レムやディックやハーバートやホーガンなどが挙げられている)への過渡期のものでしかないと位置づけられているようなところや時々ファンタジーを非論理的なものとして貶めるようなところなどやや一方的な断定が垣間見えるところはマイナス点だろう。
 ただ全体的には理路整然とした筆致でスペキュレイティブ・フィクション重視と思われる立ち位置で作品評価は厳しく公正さが感じられ説得力がある。こうしたSFを語る上で重要な一冊といえるだろう。
 優れた批評眼を持っている人だが、ちなみにググってみると単独のノンフィクション著作は多くない(2冊?)。アメリカでも批評本を出すのは容易ではないのかもしれないなと思った。

※4/17 誤字など修正