『飛行士と東京の雨の森』 西崎憲

 









 小説家の他に翻訳家・作曲家と多彩な顔を持つ著者は、異色作家系の短篇を実作でも翻訳でも得意技としている印象があり、本人自身も異色作家という呼称が似合う作家である。以下収録作の感想。

 「理想的な月の写真」 自殺した娘が好きだったという音楽家に、娘のための曲を作って欲しいという奇妙な依頼をする裕福な男。複数の手掛かりから、娘の軌跡を追うミステリ的な要素もある作品。ビルからの飛び降り、月と浮遊感漂うイメージが全体に流れる傑作。音楽業界を知り尽くしたディテールが効果的に使われているが、盲目の写真家のエピソードが特に心に残った。
 「飛行士と東京の森」 ウェールズの不遇な日系の少女の話。重苦しい生活から日本へ渡ることになるが、その不安と雨と飛行士のイメージが幻想的に結びついてこれも美しい作品。 
 「都市と郊外」 男女の出会いと別れを二つの物体の物理的な運動のように捉えた作品。本書の他作品でも非日常的ながら「幻想の論理」といった統一した物理法則めいた要素が感じられる。そういったセンスが非常に心地よい。
 「淋しい場所」 両親を亡くし一人になった主人公。怪我をしてから廃屋など廃れたものの写真を好んで撮るようになる。タイトル通り孤独な男の話なのだが、<ここではないどこか>を求めさまよう話でもあり、そこには静謐な安らぎめいたものも感じられる。アメリカの民謡の‛ジョン・ヘンリー’の話が出てきてにやり
 「紐」 バーストーリー的な小品。こういうのは好きですねえ。
 「ソフトロック熱」 バンド活動に挫折した男の話。くくってしまうと挫折から新たな道を踏み出す話なんだけど、これまた音楽業界をよく知る著者によるディテールがスパイスになってスッと心に入ってくる。
 「奴隷」 奴隷制度が復活した近未来の話なのかな?ストレートなSFというわけではないが多少他の作品と毛色が異なる。

 「理想的な月の写真」のところで書いたように、他作品でも「飛行士と東京の雨の森」の飛行士、「都市と郊外」での男女の星同士の運動を描いた様な描写、「淋しい場所」のモノレール(下が何もない懸垂式の方であろうと強弁(笑))、「紐」の上から吊るされた紐など全体的に浮遊感・無重力といったイメージが漂うように思う。「紐」には首つりのイメージもあり、この世から逃れたいという願望も垣間見えるが、それは「淋しい場所」や「ソフトロック熱」や「奴隷」のように今あるこの場所から飛び立ちたいという願いとも共通しているように思われる。輝かしい理想郷が描かれているわけではなく個々のイメージはモノトーンであくまでも静かなものだが、日常の重苦しい世界から逃れたい切ない願いの叶う場所を描いている幸福な短篇集だと思う。