『氷』 アンナ・カヴァン

寒冷化し破滅する世界の中、一人の少女を追い続ける主人公。夫に抑圧されている少女を解放しなければならないのだ・・・。


(以下結末に少し触れていますので御注意)



再読(持っているのはサンリオ版)。少女、夫、主人公の名前も明かされない(他の登場人物も「長官」「隊長」といった肩書で呼ばれる)抽象的な小説である。が、煎じ詰めると「凍える世界から少女を守ろうとするが、それもまた抑圧として作用してしまう」といった現代からみると分かりやすいモチーフが描かれている。また例えば「少女=白(無垢)」「抑圧者=黒」といった色彩でのコントラストや「寒冷=孤独」「氷=壊れやすい、か弱さ」といった象徴表現も頻繁に登場するため、ある意味非常に明解とすら感じられる(白、結晶はカヴァンの依存していたヘロインでもあるようだ)。「追い求める者が逆に追われる」といった話でもあり、無常観にいたる内面が世界の凍死といったクライシスとして外在化するという話で、J・G・バラードの破滅シリーズと共通する部分が大いにあり、ニューウェーヴSFの旗振り役であったブライアン・オールディスとして本作が理想とされたのは当然であろう。他には、やや唐突とも思えるファンタジー的なモチーフの登場(5章の部分)、作者を思わせる抑圧された薄幸の主人公を初期作「アサイラム・ピース」によく出てくる一人称ではなく本作では追い求める方から三人称で描かれていることなどが印象的だった。苛烈な生涯を送ったカヴァンが晩年の代表作である本作に用意した結末が凍結する世界の時が停止する中でほの温かい安住の地を得る内容であることはいったいどういう意味を持つのであろう。