ディスカバリーチャンネル<SF界の巨匠たち>第五回アイザック・アシモフ

 

第五回、アシモフ

 アシモフもクラーク同様に科学技術に対する優れた洞察力を持っていた作家なので、フィクションにおいての予見ぶりと実際の現在の技術との対応についてが内容的に強く結びついているテーマ的に分かりやすい回である。
 科学技術が飛躍的に進歩した時代、キャンディーストアを営む父のもと店のSF雑誌に没頭した少年時代を過ごしたアシモフはそれまで描かれていた人間を攻撃する鉄の怪物というおどろおどろしいイメージ(カレル・チャペック「RUR」ではじめてロボットというものが登場したが、労働者=共産主義者による反乱と重ねられていた)ではない友好的で電化製品のように便利に役立つロボットという発想を得た。19才でSF史上重要なジョン・W・キャンベルと出会い、ロボットSFの世界を切り開くことになる。作品「堂々めぐり」などに表現された、ロボットSFの基本となるロボット三原則をつくった(実際にはアシモフの作品の中にジョン・キャンベルがその法則があることを見出したということらしい)。「ロビイ」に登場する子守りロボットこそいまだ存在しないが、生活支援ロボットの開発は進んでいる。また外科手術をアシストするロボットも実用され始めている。ロボットについては進歩するにつれ意思を持つなど人間を脅かす危険性も懸念される。ということから軍事用・医療用ロボットを扱う人々は「最終的には監視する人間の存在が重要」と口を揃える。また「われ思う、ゆえに……」では宇宙開発でのロボットの可能性を予見していた。                                         また一方で1957年のソ連のスプートニック打ち上げを機に、科学知識の啓蒙の必要性に気づき、ノンフィクションの著作を積極的に行うようになる。SF作家たちはこぞって自分のアイディアについて科学的なアドバイスアシモフに求め、科学に限らず幅広い該博な知識の持ち主であることは広く知られていた。      アシモフはさらに「バイセンテニアル・マン」で人間とロボットの融合を目指す「超人間主義」(trans humanism)を提示し、
ロボットの権利というテーマもあった。人間主義は人工装具の技術に関わる。また宇宙に関する究極の質問をコンピュータが考え続ける「最後の質問」は番組でシンギュラリティと関連付けられていた(ここは若干飛躍があったかな)。案内役リドリー・スコットは「アシモフは科学の負の側面をよく理解しながら、その可能性と希望的な面を描いた作家であった」と締めた。
 アシモフについていろいろ答えているのが若い頃アシモフに生意気に絡んでいったエピソードで知られるハーラン・エリスンだというのがSFファン的に楽しかった。それにしてもアシモフもいろいろ手つかずのあだった・・・。