『生ける屍』 ピーター・ディッキンスン

 主人公デビッド・フォックスは製薬会社に勤める生真面目が取り柄の研究者。上司の命令でとあるカリブ海の島に出張を命じられるが、そこは迷信の色濃く残る独裁体制の奇妙なところであった。そこで彼は身に覚えのない殺人事件の容疑者となってしまい・・・。

 内容よりも稀覯本として『ビブリア古書堂の事件手帖』のネタになるなどその古書価格が話題になっていたいわくつきの本の再刊。ひねくれた味のある個性的なミステリだった。
 イギリスの植民地となった島が魔術を信じる風土そのままに独裁制が敷かれる、という背景は解説によるとハイチのデュヴァリエ大統領がモデルになっているようだが、いかにも20世紀らしい光景である。そうした呪術的な世界の俗物な独裁者一族の元に、いかにも魔法の対極にあるような科学者が訪れ呪術者と化していくという英国流ブラックユーモアにクスりと笑いが漏れる。しかしそうした社会の歪みを描くが故に最終的には多くの血が流れるダークな展開を呈し、ユーモア小説と一口に括れない一筋縄ではいかない作品でもある。また伏線の回収は巧みで上質なミステリになっている。
 別れた恋人のことをいつまでも思いだしている湿っぽい主人公に上述の様な重い展開など親しめない要素があり万人にすすめられるとは言い難いが、一風変わったミステリを読みたい方にはおすすめ。時代背景はやや異なるがT・S・ストリブリングのポジオリ教授シリーズと同じくカリブ海が舞台になっていて、双方とも植民地的な呪術的世界に推理小説の論理が入り込んで生まれるダイナミズムみたいなところがあってそういうのが自分は好きなのだなあと思った。