ディスカバリーチャンネル<SF界の巨匠たち>第七回ロバート・A・ハインライン

 

気を取り直して今回はハインライン
 ヴェルヌ・アシモフ・クラークといった皮肉めいたところのない大御所に比べハインラインには「危うさ」あり、その著作には20世紀初頭のアメリカでの不況やヨーロッパでのファシズムの台頭といった社会の影が反映されている、とリドリー・スコット
 1939年軍人・政治家の道に挫折し住宅ローンに追われしかも仕事が見つからなかったハインラインSF小説コンテストに応募することを思いつきSF作家となる。デイヴィッド・ブリンは「犯ラインは矛盾を抱えた典型的なアメリカ人。個人主義自由主義者であったが、個人が社会に果たす役割を信じ、民主主義における軍隊の重要性を感じていた。民兵が担う民主社会を理想としていた。」という。
 ハインラインは貧しい家庭の出身で軍隊でトレーニングを受け退役後もメンタリティは軍人であり、徹底した自立精神と反共主義が作品中にみられる。作品「人形使い」は人間を操る異星人の脅威が描かれるが、共産主義への恐怖が色濃く反映されている。現在の科学技術でも、外部からの力により道徳観に影響を与える研究が進んでおり、強力な磁場を利用した脳への干渉実験が行われ脳の一部を刺激することで善悪の判断を変えるというデータがある。
 ソ連大陸間弾道ミサイルの開発などの軍事脅威を軍事小説に著していたハインラインは、以前に居住していたロサンゼルスが核攻撃の標的となっていたことから1958年にコロラドスプリングスに転居する。しかしその8年後NORAD北アメリカ航空宇宙防衛司令部)の同地への設置により、再び核攻撃が身近に迫ったことからハインラインは核シェルターをつくる。そうした時期が反映されているのが異星人との戦いを描いた「宇宙の戦士」(1959年)。「公民権は獲得するものだ」という考え方が作品の根底にあり、基本的には「悪は滅ぼせ」ということでもあり、戦争を美化する要素があり、物議を醸すことになった。この作品に登場する戦闘用強化防護服=パワードスーツは、外骨格を強化する技術を予見していた。奇しくも戦闘中の事故で四肢麻痺となった元軍人が作中のパワードスーツにヒントを得て、足の不自由な人が歩けるようになる「ライフスーツ」の開発をしているというエピソードが触れられていた(「自分にとってハインラインの小説は、空想ではなく予言だ」といっていた)。
 物議を醸したハインラインだが1961年には本人が「一神論と一夫一婦制」のタブーに挑戦したという個人の自由を描いた「異星の客」を発表、今度はヒッピーの聖典となる。ハーラン・エリスンによると「ヒッピーが貢物を持ちひっきりなしに訪れるために電気フェンスを設けることになった」そうである(ホンマカイナ)。
 1956年の「夏への扉」では冷凍睡眠による時間の超越が描かれる。そしてなんとアルコー財団の話が出てくる(このいわくつきの団体についてはこんな本が。未読です)。普通に扱われていたがどうなの・・・。
 月や宇宙開発への強い関心もハインラインの特徴である。これは1946年にアメリカ政府の極秘長距離ロケット実験に立ち会った時の衝撃がきっかけである。「月は無慈悲な夜の女王」は月植民地が地球からの独立を目指す話だが、現在月基地製造の技術開発が進められている(もちろん巨大な物ではなく中身もまだ基本骨格だけのようだが実際に使用できるレベルのようで映像的インパクトがあった。)。
 1970年代に健康を損ない、頚動脈の手術を受けるなどするが、その後もコンピュータ社会の危険を予見した「フライデイ」を発表する。
 1980年代また当時ジェット推進研究所にいたSF作家ジェリー・パーネルにより、米政府のレーガンの軍事極秘計画にアーサー・C・クラークらとともに参加することになる。ハインラインの提唱した「地球軌道に兵器を設置する」というアイディアはいわゆる<スターウォーズ計画>に影響を与えミサイル迎撃の計画に引きつがれている(主にジェリー・パーネルが語っていたが、どの程度ハインラインレーガン軍事計画に関与していたよく分からなかった。ちなみに左派からみるとこんな風な表現になる)。
 まとめとしては「ハインラインは社会SFの父。社会への責任と自由への代償を問いかけた」。

 長距離実験の目撃、軍事体験、共産主義の脅威などが作品に反映されていることを考えると、クラークあるいはディックなど傾向の違う作家たちの奇想天外な小説の数々が実際は20世紀という時代のある側面から見た現実が描かれていたのだなあと改めて感じた。ハインラインはいわゆる1950年代SF黄金期の代表的な作家の中ではある意味最も複雑で多面的な人物でこのシリーズでは(未見のものを除くと)内容も一番バラエティに富んでいた。ストーリーテリングや小説の面白さから離れると、その思想的な部分は日本のファンには共感しにくい面が多々あるように思われる。その分、SF的な発想の源、特にアメリカ的なものを考えていく上でキイとなる人物なのではないかという印象が強い。