第2回国際SFシンポジウム東京大会

 第2回国際SFシンポジウム東京大会を見てきた。世界から豪華なメンバーがシンポジストとして集まりSFに関してディスカッションを行うという素晴らしい企画で大変刺激的な内容だった。タイムテーブルは→http://sfwj50.jp/events/2013/07/isfs2-tokyo-20130727.html

 残念ながら所用のため第2部冒頭で退出してしまったので、残りはニコ動で視聴。しかも英語のリスニングは弱いので(現場には同時通訳あり)、とてもまとめられる状況ではないのだが、備忘録・メモのためあくまで個人的な視点で断片的に(上記の状況のため第2部は特にです)。というわけで間違い誤認等はご容赦。敬称略、肩書については上記HPを元にしました。なおニコ動については→

http://live.nicovideo.jp/gate/lv146340499

第1部「世界の中のSF翻訳」
 司会 
   デイナ・ルイス(Dana Lewis、翻訳家)

 出演

   沼野充義(文芸批評家、ロシア・ポーランド文学翻訳家、東京大学教授)
   高野史緒(作家)

   新島進(フランス文学者、慶應義塾大学准教授)
   増田まもる(SF翻訳家)

 ルイス「歴史的に翻訳を通じてSFは世界に広がった」
 沼野「SFに限らず翻訳よって広がった文化は多い。ソ連時代の翻訳事情について、進歩的で政治的に反共的ではないと評価された人達が紹介された(個々の作家を見ると反共的ではないかどうか難しい面もあるが)。安部公房大江健三郎川端康成などが紹介されていた。安部は何十万部も売れていた。小松左京星新一も翻訳されていた。筒井康隆は紹介に難しい面があったかもしれない。ペレストロイカ後は売れない可能性があるものはむしろ翻訳されにくくなってしまった。その中で過去から現代の日本SF作家を纏めて紹介するアンソロジーを刊行した(共編による日本作家のロシア語訳アンソロジー「彼」(男性作家編)、「彼女」(女性作家編)「ゴルディアスの結び目」などの書影が紹介)」
 沼野「ロシアSFの日本への翻訳状況などについて。元々ロシアはSFジャンルでは永年アメリカと並ぶ権威であり翻訳者として袋一平飯田規和深見弾らにより紹介されてきた。ロシア国内でもSFの拡散と浸透が進み、ソローキンやベレーヴィンなども主流文学者とされ、(SF翻訳者がいるというより)それぞれの作家に紹介者がいるといった状況になってきている。SF近年翻訳についてはあまり進んでいない残念な状況ではある。ただ東欧ということでは昔はロシア語を経ての二重翻訳によるものであったが、現在は様々な言語の専門家が登場し直接翻訳出来るようになった。『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』(高野史緒編)は重訳なしという画期的なもの。レム『ソラリス』を重訳ではない新訳を行い、各国のレム訳者が集まり国際会議を行った。」

 新島(※詳細なハンドアウトあり)「歴史的には未来予想小説が第二次大戦前に隆盛しSFは国内小説が中心だったが、1951年から英米のSFが大量に紹介されるようになり主流となっていく。近年の話、『ねじまき少女』(バチガルピ)も翻訳され賞を取っている。日本も(海外小説の)翻訳大国だが、フランスも同様と言える。国内SF状況。基本的にファンタジー・ジュヴナイルの隆盛の影にある、スチームパンクが人気が強く、歴史改変小説ものも強い。非英語圏のSFは日本よりよく翻訳されている。日本からの翻訳事情。マンガ・アニメ中心。フランスではほとんどの日本のマンガ・アニメが視聴可能な状態。そういう傾向と関連するグイン・サーガ十二国記などは翻訳されているが、その文脈を離れると皆無といっても仕方のない状況。『ハーモニー』(伊藤計劃)は英語からの重訳で出る予定。フランスSFの日本への紹介は残念ながら乏しい。紹介の遅れていたヴェルヌの後期作品や最近の作家の翻訳を企画している。フランスの若者の日本文化の受容はユニークで、そういった若者が今後どういう文化を作るか大変興味深い」
 増田「小学生のころからSFマガジンでいい翻訳でアメリカSFの傑作を紹介されSFにはまるきっかけとなったが、後から見ると何十年も蓄積のあったSF小説群のよいところだけが紹介されていた。高校時代にJ・G・バラードに出会い、ニューウェーヴSFの道に進む。翻訳する立場から他の文学とSFの差。幅広い科学知識と難しい比喩を訳さなくてはいけないので大変。現代文の元は夏目漱石で、どうやってヨーロッパの文学を日本語に翻訳するかという課題の中から生まれたので、そこにはヨーロッパ的な文脈から古文を変形した要素がある。したがって現代文は翻訳文であるといえる。現代に関してはネット、ワープロで調べるのが楽になり、各国の文化の差が小さくなり特に英米文学の翻訳は楽になった部分がある。日本作家のSFが優れている要素はあって、和歌からの古い文学の歴史があってそこに新しいことが合わさって面白いものが生まれる期待がある。機会があれば日本のSFを海外に紹介したい。」
 高野「ペレストロイカ以降の東欧SFを紹介したいことから沼野さんの協力もあり『時間はだれも待ってくれない』が実現した。一方で自分の小説が英語・イタリア語に翻訳される経験もした。東欧・ロシア・アメリカ・イタリアと仕事をする経験をした。イタリアの文学事情は悪く数百部レベル。SFとなるとさらに困難。東欧の各国は人口が少なく、翻訳家も少ないので日本の作家の作品について興味は持ってもらえても実現が難しかったりする。現実的には翻訳を増やすには作家は自らの作品の英語からの重訳を許容するというような考え方も必要かもしれない。東欧とロシアを一緒に考えてしまうところが日本人の一部にあるかもしれないが、東欧とロシアは大いに異なり、東欧とのやり取りにトラブルは全くなかったがロシアでは普通には考えられないようなトラブルが発生したりする。アメリカも難しい国で、分かりやすさのためにカットしようとしたり、ことさら日本趣味を求められる傾向があったりする。日本人作家がヨーロッパを舞台にしている作品を書くようなタイプのもの、一種の面倒くさいものを忌避する傾向はどこの国に有るのかもしれず残念。SFは奇抜なものあり得ないものを描くので、そういった抵抗感を薄めるのに有効なのかもしれない」
 この後上記の重訳の問題についてディスカッションがあったが、やはり重訳は問題で良くない譲歩しても必要悪、といった評価だった。

第2部「歴史、日本、この不思議な地球」
 司会

  巽孝之(SF評論家、慶應義塾大学文学部教授)

 出演

  谷甲州(SF作家)

  夢枕獏(SF&ファンタジー作家)

  呉岩(Yan Wu、中国のSF作家)

  ドゥニ・タヤンディエー(Denis Taillandier、フランスの日本文学研究者、立命館大学嘱託講師、追手門大学非常勤講師)
  パット・マーフィー(アメリカのファンタジー・SF作家)
  パオロ・バチガルピ(アメリカのSF作家)
  
  谷「『日本沈没第二部』の執筆で小松左京と直接意見を言い合えるようになり、小松のコスモポリタニズムと意見がぶつかるようなこともあった。小説内の総理VS外務大臣のところはその時の小松VS谷を反映したもの(※このように聞えたのですが、未読なので良く分かりません)。科学の進歩がある現代において、歴史は繰り返すという言葉がどういう意味を持つのか考えている」
 夢枕「心の師と言える人物は二人いて空海宮沢賢治(もとはアントニオ猪木も入っていたが数年前から外れた)。この二人は人間と宇宙を見つめていて、どこの地に生まれていても空海であり宮沢賢治であっただろう。空海は日本最初の世界人。そこには大日如来があっただろう(宇宙の基本原理)。密教を日本に持ってきた。人間の欲望を肯定している教義すら認めていた(立川談志いうところの<業の肯定>に近いのでは)。高野山に行くと面白い。『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の中国での映画化によって、壮大な製作現場に出会うとその製作を下働きでもいいから手伝いたくなり、ピラミッドの建設に立ち会った奴隷の気持ちが分かるような気がする。彼らは奴隷であっても誇らしかったに違いない。」
 呉「日本SFを中国で売るにはどうしたらいいかと考えた。1.中国市場を知らない 2.出版社の問題 3.作家の交流の問題 がある。1についてSF翻訳では3大出版社がある。2について版権の問題があり、一人の作家について複数の出版社とコンタクトしなければならない(※版権の問題は詳しくないのでこれも十分には分からず)。3について日本の作家はもっと中国を訪問し交流して欲しい。翻訳の出来は非常に重要。パオロの訳は良く人気が出たが、パットの作品の翻訳は良くなかったので人気が出なかった。」
  タヤンディエー「フランスの日本アニメ受容の歴史。ヤマト、コブラハーロックが人気があった。グレンダイザーは大ヒット。しかし90年代に暴力表現規制で激減。マンガという言葉は当初は女性名詞だったのが男性名詞。美人画のイメージから日本の経済成長により変わったのかもしれない。筒井康隆沼正三夢野久作安部公房が評価されている(※会場から御本人の趣味との声あり)。重訳ではあるが出版される『ハーモニー』がどう評価されるか楽しみ。」
 マーフィー「今回の訪問でアメージングだったのは、SFの定義についてのパネリストたちの意見。北野勇作さんは『SFの定義なんか興味が無く、モンスターが書ければいい』といっていた。私は『魚は水に気づいていない』という言葉を考えます。マンガもアニメもカフカカルヴィーノマーク・トゥエインもSFだと思う。悲観論もあるが、こういった世界的な対話は始まったばかりで可能性に期待している。」
 バチガルピ「自分の作品は暗い未来を描く。そこに人間がどう適応していくかに興味がある。例えば『日本沈没』のような状況が起こり移民が生じると、国どころか世界の問題になるだろう。SFの役割は新しい神話をつくることだ。それにより世界が変わるのではないか。(『ねじまき少女の出版について)タイを舞台にした日本人やマレー人が登場する様な小説で、出版社は当初消極的で苦労したが、何とかこぎ着けた後の反響は大きく成功に至った。」
 マーフィー「(積極的なサポートが得られにくい内容の作品では)小さい出版社の果たす役割は大きい。」
 夢枕「媒体は時代により移り変っていくが、我々作家はものを作る第一次産業だと思う。だから滅びることは無い。」
 

 最後の締めにグッときました。出版、特にユニークなものには厳しい時代ながら全体的に前向きな話が随所にみられたところがよかった。それぞれの方持ち時間では伝えきれない、といった感じでもっともっとお話を聞きたかった。また各地テーマやパネリストが異なっており、状況が許せば全部聞きたいぐらいだった。
 貴重なイベントに参加できて嬉しい(しかも無料ですからね〜)。司会、ゲスト、スタッフの皆様ありがとうございました。