『夢幻諸島から』 クリストファー・プリースト

 プリーストの作品は訳者に恵まれ、多いとはいえないものの定期的に邦訳が出て、しかも傑作ばかりとあって、今回もいやが上にも期待が高まる刊行であったがその期待は全く裏切られず、それどころか予想を上回る超弩級の逸品であった。
 時空が歪み正確な地図の作成出来ない世界。南北の大陸に挟まれたミッドウェー海に浮かぶ<夢幻諸島>。不思議な島々の風土、文化、産業、人々などなどが様々な形式でガイドされる連作長篇。
 序盤は各島のガイドブック形式で始まり全篇を通じ基本的なフォーマットは変わらないものの、すぐにおぞましいハディマ・スライムのエピソード(本書に収められていないこのシリーズの関連短篇『限りなき夏』収録の「火葬」にも出てくる)、殺人事件の裁判記録(これが全体の伏線となる)と次第に話は佳境に入り、多彩な登場人物が巧みに結びついて、幻想的でエキゾチックそして不気味な<夢幻諸島>の観光に誘ってくれる。
 序文に<トークイルズ><トーキーズ><トークインズ>とほとんど名前の違わないが別な群島に関する記述がある。別であるようだが、言語表記による揺らぎもありうる、とはぐらかされる上に書き手は行ったことが無いという。さらに本文では<トークインズ>の<デリル>という島、<トーキンズ>の同名の島についてのこれまた紛らわしいガイドが出てくる。何せ時空が歪んで正確な地図が書けないのだから。それにしても何と魅力的な設定だろう。<夢幻諸島>には名前の無い島が無数にあって、それぞれに伝承やエピソードがあるに違いない。それこそ<無限>の世界が広がっているのだ。
 これまでプリーストは語りの巧みさによりぶれた写真のように実像と虚像のずれにより幻惑する長篇で我々を魅了してきたが、今回はモザイク状にエピソードをちりばめる形式で美しい幻影の世界を作り上げた。プリーストの技巧の幅は怖ろしいほどだ。
 個人的にはニューウェーヴSFでよくみられた断章形式をその影響下にあるプリーストがものの見事に流麗な語り口に深化させたことに驚かされた。さすがである。