NHK-BShi ヒッチコック特集

 NHK-BSのハイビジョンで4月末から5月初めまで8本のヒッチコック映画をやっていた。その全部を観たので感想を、と思っていたのだが何と最初の「めまい」を録画失敗。あー情けなや。でも他は観たから感想は備忘録として残しとくことに。

「知りすぎていた男」(1956) 
 偶然要人の暗殺計画を知ってしまった夫婦が子どもを誘拐され陰謀に巻き込まれてしまう話。夫婦役はジェイムズ・スチュアートドリス・デイ
 ドリス・デイって名前しか知らなかった(まだ御存命であった)。現実離れした華麗なサスペンスといった印象で、古き良き時代を感じさせるが、見せ場の連続はさすがだな。 高いところ、剥製、劇場、群衆といった辺りはお気に入りのパターンのようだ。

「引き裂かれたカーテン」(1966) 
 ポール・ニューマンジュリー・アンドリュースが共演している、50本目にあたる作品。冷戦下で西側の物理学者(ポール)が重要な機密を東側に渡すふりをして、東側の優秀な物理学者の理論を奪い取ろうとする。そこに何も知らない婚約者(ジュリー)がついてきてしまった、さあ大変という話。
 007が流行していたころで、ヒッチコック流の007への返答といったとらえ方も出来るようだ。ただ現実離れの方向性が多少違うのが面白い。あと、各国語が登場して主人公がその言語を分かっていないとか、どことなくイングロリアス・バスターズを思わせるところもある、とはじめ思ったがヒッチコックってそのパターン多いんだね。これまた現実離れしている、よく言えば華麗なラヴラヴスパイアクション。その分サスペンス度がやや低めだが、色んな手を尽くして観客を飽きさせない展開、ここぞというところでのしつこい描写などのらしさは十分。

「鳥」(1963) 
 さて「鳥」。これが意外と自分には難物。パニック映画であることはともかく展開に納得のいかない部分がある謎な映画だな、という昔の印象はやはり変わらず。あくまでも子守をしながらの集中を欠いた視聴である上での感想であることは否めないが。 ただ今回、人間関係が割合重要なことは分かってきた。いよいよデュ・モーリアの原作を読まないとなあ。デュ・モーリアは結局「破局」しか読んでいないんだよなあ。手に入る訳本が少ないことにも気づく。

「海外特派員」(1940)
 これはめちゃくちゃ面白かった。第二次世界大戦前夜のアメリカ。もめごとでクビにされそうだったアツいタイプの新聞記者が、特ダネを求める社長に抜擢され、平和会議の取材にヨーロッパへ赴くが、そこで彼はある陰謀を目の当たりにする。男女のペアが異国で出会うサスペンス、といったあたりでは「知りすぎた男」「引き裂かれたカーテン」と共通し、本来これはお得意のパターンなのかな。息もつかせぬ展開はいつもながら(やや都合のよい展開や多少あざとい演出も)、これでもかこれでもかという密度の高さで圧倒される。最後にはド派手でスペクタクルなクライマックスまで待っているとは思わなんだ。
  先日観た同じ年の「レベッカ」(1940)とは随分カラーが違う。こうしたユーモアが漂うテンポの良いものの方が合っている気がするが。製作されたのも第二次大戦前夜で国威高揚的な面も多少見受けられるものの、全体としては娯楽性が強く、そこが逆に興味深くもある。

泥棒成金」(1955)
 引退した泥棒が模倣犯が登場したことで、さまざまな騒動に巻き込まれる話。
 眩いばかりに美しいグレース・ケリー、洒落たユーモアのケイリー・グラントを揃えてのテンポよい推理劇で舞台や衣装の豪華さと娯楽映画としては最強。ただ、種々の名作に比べると話自体は単純めで緊迫感も少々ゆるめ。カーチェイスのシーンは思っていたより長かったなあ。グレース・ケリーは交通事故死しているだけに変な緊張感を感じるのは自分だけではないだろう。J・G・バラードは言及したことがあったっけ、とふと思う。

「サイコ」(1960)
 劇場では観たことがないが、2回目。耳から離れないあの音楽とマッチしたオープニングが異様にカッコよいことに初めて気づく。「海外特派員」の様なスペクタクル溢れる作品を(「サイコ」から20年も前に)ものに出来る手腕の持ち主が選んだのが、多くはない登場人物を基本シンプルでメリハリの利いた映像表現でみせる方法だったというところが凄い。あらためて観ても怖ろしい驚愕の名作。

「マーニー」(1964)
 職場を代わっては金を横領して逃げることを繰り返す女。しかし今度の会社では犯罪に気づいた社長になんと結婚を迫られる。しぶしぶ承諾した彼女だったが、心を許すことが出来ない。果たして二人の運命は。
 これまたちょっとあり得ない設定で、展開もややもったりしているがオチの方はなかなか先駆的といえるのでは。やるなあヒッチコック。 ティッピー・ヘドレンの最後の熱演には引き込まれるものがあり、佳作といっていい作品。

 これで観たのは全部。やっぱり一番は「サイコ」かな。アンフェアではない絶妙な狡さが見事だった。
 映画のファンタジー、というかリアルではない世界の中で恐怖やサスペンスを演出するところにヒッチコックの特質があるように思う。で、今回の作品では1964年の「マーニー」あたりからややその独特の作り物らしさが古めかしく感じられるようになってきた印象がある。例えば1968年に「ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド」「ローズマリーの赤ちゃん」が製作されており、ホラー映画が新たな時代を迎えているのが分かるし、上記の様に1962年にはじまった007シリーズでスパイ映画も変貌をして、続々とヒッチコックの得意分野にライヴァルが参入してきたわけだ。一方でそんな中でも創作意欲を失わない若々しい野心も感じられそこも魅力がある。

※12月になり今度はNHK-BS2でヒッチコック特集。全く同じラインナップではないが、結構重なっている。ところがまたも日程の関係で‘めまい’を録画できない。どうしてもオレに見せないつもりだな!<借りるか買えよ

※BS-2の方では‘裏窓’や昼放送の‘疑惑の影’も観逃してしまった・・・。ただ‘フレンジー’は観たので感想。1972年で最後から2番目、晩年の作品。評価を落としていたヒッチコックがイギリスに戻って復活したといわれた作品のようだ。たしかに俳優陣の知名度や魅力はいまいちだがその分くどい残虐描写や中盤の死体をめぐるブラックユーモラスな一幕など見せ場は多く、終盤の盛り上がりもさすがと思わせる内容だ。70歳を超えてのこの気概には頭が下がる。多少展開が強引な気もするので大傑作というのはためらわれるが、十二分に楽しめる一作だ。いまいちど観た‘サイコ’‘鳥’もよかったな。‘サイコ’は私的オールタイムベスト3に必ず入れたいと思った。‘鳥’は今までピンとこなかったが、これは好奇心からスキャンダラスな美女に迫ろうとした子持ちの男性(近所には元カノまで住んでいる!)とその気になった相手という祝福され難い後ろ暗いところのあるカップルの関係が深まるにつれて、なぜか周囲に災害が生じるという話なのだな。特殊効果は当然古びるからそこにばかり目をとられてはいけないわけだ。いやいやこれも一筋縄ではいかない作品だな。ダフネ・デュ・モーリアの原作を読みたくなってきた。