『輝くもの天より墜ち』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

 昆虫から進化したという羽根を持つ美しい種族の住む、惑星ダミエム。彼らが苦痛を受けた時に分泌される体液は人類にとって美味で、たくさんの生命が犠牲にされてきた。住民を保護するために派遣されている連邦行政官らは、ダミエムでしか見られない天体ショー目当ての観光客を迎える中、事件は起こる・・・。
 名高い未訳のティプトリー長編の登場である。冒頭に部屋割りの図が書いてありのけぞるが、孤島ミステリ仕立てではあっても、謎解きというよりはサスペンスに力点が置かれ、むしろその中核は次々繰り出されるSFアイディアと‘人間性’に対する重い考察にあるという印象。
 以下ちょっと個人的なことを書く。短編好きのSFファンは多いだろうし、このブログのさあのうずもご多分にもれずその一人である。そんな人間にとって、ティプトリーは特別な作家である。一時SFをあまり読まない時期があったが、その頃に刊行されていたティプトリーだけは読んでいた。きちんとした理由を言うことは難しいが、読まなければいけないなにかが感じられたのだ。多分に個人的な感慨に過ぎないが。
 いずれにしてもティプトリーの書くものは、アイディアも(その切り口)も表現も独特である。さらにあまりに劇的な人生を送っていて、読書中についついそのことを想ってしまいがちな(ある意味ダメな読者である)こちらなどは、その生涯と作品を切り離して読むことができない。特に本作の終盤は直接個人的なメッセージを受け取っているような気にさせられる内容で、冷静に読むことも困難になってくる。それでも気を取り直してちょっと考えてみるが、小説全体に覆う罪の意識の強さはいったいどこからくるのだろうか。キリスト教的なものといっていいのか。一方で、すべてにおいて陰鬱な話、と言い切るには、あまりに無防備な若い世代への期待感や奇妙な多幸感すら感じられる。これはいったいどういうことなのか。インモラルな空気が漂う部分があるのは読者への挑戦か作者の何らかの思いが反映されているのか。
 
 後半の怒涛の展開には圧倒されるが、割合唐突なところもあり、伏線などしっかり仕上がってはいるのに滑らかではなく、決して読みやすいとは言えない。それでも書かれてから20年以上経た今でもティプトリーの得体の知れなさが感じられるところが、何よりも作家としてのスケールの大きさを示しているのだと思う。SFファン必読の傑作!である。ただ、ティプトリーを初めて読む方は、(どれでもいいので)短編集を読んでからの方が良いだろう。