『星新一 一〇〇一話をつくった人』 最相葉月

 無茶苦茶面白いノンフィクションだ。一気読み。
 大正時代には武田薬品田辺製薬と並んで御三家と呼ばれたこともある星製薬を立ち上げた精力的なアイディアマンの父、星一の話。その会社が傾き、襲いかかる様々な難題に直面し、人間不信に陥った‘親一’が、‘新一’として作家に転進するまで。瞬く間に人気作家となるが、評価に恵まれず自らのスタイルとの葛藤に揺れる姿。本人の性格と極力作家自身の影を感じさせないようコントロールされた作風がゆえに語られることの少なかった星新一の孤独な姿が多面的に描かれていく。
 
SFファンとしては後半の日本SF出版黎明期の裏話が実に興味深いが、戦前戦後の製薬会社や学生の生活も語られる前半も面白い。夥しい資料に目を通し、丹念に整理し続けてきたと思われる著者最相葉月氏は既に名高いノンフィクション作家であるが、これは大変な労作であり、傑作である。作品の中に周到に隠された星新一の想いが取材を通じて浮かび上がっていく過程が特に素晴らしい。間違いなくSF史に残る一冊である。

 以下蛇足。「ショートショートランド」は抜群に楽しい雑誌だったなあ。
SFは読まなくてもこれだけは買うという時もあったぐらい。もう手元にない。惜しいことをした。本書でも触れられている「門のある家」は、筒井康隆ニューウェーヴともいわれた傑作で、個人的には一番好きかな。