『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一

   で、『生物と無生物のあいだ』である。現役の研究者でありながら、詩的なセンスと文章力(+構成力)を持ち合わせているのが著者の素敵なところである。なかなかこういう才能の持ち主はいないだろう(その意味で茂木健一郎の帯に全面的に同感)。
 本書のテーマは「自己複製をするものが生命である」という定義でいいのか?という問いである。著者は海辺の貝殻を見つめ、それだけではないはずだと思いをめぐらせる。そうした問いかけを軸に、著者本人の体験に基づく厳しい競争原理にさらせれた研究生活と近年の生物学研究史の裏話を織り交ぜながら展開する(シュレーディンガーも登場する)。そして生命が動的な平衡状態にあることこそが生命の本質であり、それをタンパク質の相補性が支えているということにたどりつく。
  研究史の裏話が面白い。unsung heroesの素顔とエピソードがテーマを非常に身近なものにしている。 
 科学的には決して目をむくような驚くべき事実が語られているわけではない(参考までに当ブログの中の人間は少し著者の領域と関連のある仕事をしている。本書については、なにしろさまざまな現象や技術が非常に具体的にわかりやすく記述されているところが凄い。くどいようだが、知識を持っている上に表現の巧みな人は本当に得難い人材だと思う。また研究史の流れについては無知であったので実に興味深かかった)。しかし、貝殻やケヤキの裸樹といった身近な自然風景から生命の本質へと広がっていくカタルシスは良質のSFの持つカタルシスと通底するもので大変心地よいものだ
 本書に色をそえているのは、あくまでも実際に研究者として現場で得た喜びや悲しみや悔しさといった体験であろうと思う。だから平易なようでもなかなかこうした本は多くない。幅広く読んで欲しい良書である。

2/4追記 NOVEL徹底ガイドさんからトラックバックをいただきました。ありがとうございます。