『麗しのオルタンス』 ジャック・ルーボー

 レーモン・クノーらの実験文学集団ウリポのジャック・ルーボーによるメタ・ミステリ。

 ヒロインは(パンツをはき忘れた)美しく惚れっぽい哲学専攻の女子大生オルタンス。彼女の住む街には、彼女に魅せられた語り手(の一人?)モルナシエ、彼女(や道行く女性)にエロな視線を送るのが生きがいの食料品店主エウセビオスとその妻、彼女を温かく見つめる教会のオルガン奏者で双子の娘の父(でやっぱりどことなくエロい)シヌール神父とその妻、彼女のバイト先のパン(と菓子とアイスクリーム)屋のグロワッシャン夫妻、彼女のかかりつけの婦人科医でビール好きのイヴェット、さる高貴な血を受け継ぐ超然としたアレクサンドル・ウラディミロヴィッチなどなど個性的な人物(一部猫)ばかり。そんな街の金物屋の店内を次々と無茶苦茶に荒らしてしまう(が、盗まれたものがはっきりしない)奇妙な事件が起こる。犯人はいったい誰なのか?(頼りない感じの)ブロニャール警部とその部下アラペードが解決に乗り出す。そこに不思議な皇位継承システムを持つポルデヴィア公国の謎がからんでてんやわんやの大騒動に。

 ご覧の通りのユーモア・ミステリである。メタ・フィクションの仕掛けのあるユーモア小説というと本邦には筒井康隆という存在があるので、物凄く驚くということにはならないが、リーダビリティの高い実に面白い小説である。のっけからエウセビオスのエロオヤジな視点がもっともらしく語られたり、オルタンスが恋に落ちてベッドシーンに至るところが妙に丁寧に書かれたりするところなどいろんな意味で楽しい。全体として変な展開でありながらミステリとして見事に着地していくし、大ロマンス小説にもなっているので、つまりは何でも入ってるのである。そんなこんなで喜んで読み終えたのだが、一方で本書の解説にあるようにパリの街のアナグラムが通りの名前になっているなど高度な言葉遊びも沢山盛り込まれているというのだからさらに向こうの方が何枚も上手。また作中登場する数字にも仕掛けが施されている。言葉遊びについては(確認していない)ミステリマガジン2008年4月号<フランス・ミステリ観光案内>の千野帽子氏の記事に載っているらしく、数字については本の雑誌2009年8月号円城塔<書籍化まで七光年>に載っている(こっちは確認しているが、次号にも続くらしい)。様々なレベルで楽しめる、話題となるのもなるほどな傑作である。