『世界最終戦争の夢』 H・G・ウェルズ

 さすがSFの開祖。アイディアそのものはその後の手本となったものが多いので、驚くようなものはあまりない一方、科学的アイディアと怪奇とサスペンスが渾然一体となって現代SFが生まれてくるスリリングな瞬間を垣間見るような面白さがある。その後洗練されていったSFにはない醍醐味もあるように感じられ、洗練によって失われたものがあるということなのかと思ってもみたり。短いものでも起伏に富んでいるものが多く、ストーリーテラーとしての腕も見逃せない。以下◎がオススメだが、基本的にはどれも楽しめた。

「アリの帝国」 いわゆる昆虫パニックもの。次の「森の中の宝」もそうだが南の密林の描写がなかなか良い。
「森の中の宝」◎ 短いがちょっとしたツイストも切れ味が良い。
「めずらしい蘭の花が咲く」 これは植物もの。これも短いんけど、植物の描写・サスペンス仕立てとサーヴィスしてくれる。
「海からの襲撃者」◎ これぞ本領発揮(?)のタコ型怪物もの。気色悪い描写が印象的。なんか軟体動物にトラウマでもあったのか?
「盲人の国」◎ 十四世代にもわたる盲人だけで築き上げられてきた国に迷い込んだ男。「『盲人の国』では、片目の男が王になる」という言葉(結局これは誰の言葉なんだ?)が思い浮かんだ彼は、その国を支配しようと目論むが・・・。一見有利にみえる人間がそうならない、という逆転の発想はそれほど珍しくはないが、その後の展開はちょっと予想を裏切られる。全体としても〈盲人の国〉が丹念に描かれているし緊迫感があり集中ベストかな。
「故エルヴシャム氏の物語」 これは普通のホラー。
「ダチョウの売買」 ちょっとコミカルな小品。こんなのも書いていたんだなあ。
「赤むらさきのキノコ」 これもコミカル。夫婦のすれ違いがきっかけになっていて、異色作家短篇集に入っていてもしっくりくるかな。
「剥製師の手柄話」 これまた奇妙な味系。短いが笑える。
「『最後のらっぱ』の物語」 あっさり訪れた〈最後の審判〉。皮肉がきいている。
「世界最終戦争の夢」 いわゆる夢ものだが、ペシミスティック。
「クモの谷」◎ これもまた怪物もの。怪物を前にした人間のエゴイスティックなやりとりはウェルズの人間観の一端なのか。それにしても怪物の描写がやはり素晴らしい。