『壁抜け男』 マルセル・エイメ

 マルセル・エイメはフランスの作家。モンマルトルが舞台の作品が多いらしく、本短編集でも7編中5編にモンマルトルが登場する(残り2編にも登場しているのかもしれない。ちなみにパリが登場しない作品はこの中にはない)。この人もまた異色作家短篇集という名にふさわしい一人かもしれない。非日常的なアイディアから始まるのに描かれるのは庶民の人間味あふれる話。かといって、アイディアの比重も小さいとはいえないのだ。また画家がよく登場するのもお土地柄か。(○が特に楽しめたもの)
  「壁抜け男」○ 壁を抜ける能力を身に付けながらも最初は日常が優先されちゃう謙虚ぶりがなかなか。しんみりとしたラストも悪くない。
  「カード」 政策により、役に立たない人間の生活は月に何日かに制限されてしまう。集中唯一のSF。展開がユニーク。
  「よい絵」 鑑賞するだけで満腹になるという絵を描けるようになった画家。中盤まではゆったり進むので、これまた終盤の展開にはちょっと意表をつかれた。
  「パリ横断」○ ドイツ占領下のパリで、闇市用の豚肉を運ぶ男達。戦時下の重苦しい空気の中の人間模様がよく出ている。
  「サビーヌたち」 分身出来る女の話。いやあこんな話になるとは意外。
  「パリのぶどう酒」○ 酒飲み小噺。ちょっとコワい話でもある。
  「七里の靴」○ ある古道具の店頭にある、履けば一跳びで七里行けるという噂の美しい靴に魅せられた少年達。子供の世界が見事に描出されている。しみじみとした良い話。こうしてみるとモンマルトルを舞台にした庶民の話、といってしまうとなにかが抜け落ちてしまう感じのする、紹介の難しい作家でもあるね。