『信長 あるいは載冠せるアンドロギュヌス』 宇月原晴明

 第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
 評判に違わぬ傑作。もっと早く読んどきゃよかった。
 両性具有の信長が魔術的な力を背景に戦国時代を制していく。一方、
1930年のベルリンでは、アルトン・アルトーの著作と三世紀の少年皇帝ヘリオガバルスについて、歴史に隠された闇の力の正体をめぐって、信長と関連付けられたディスカッションが展開される。さらに、その闇の力はベルリンをも覆っていく。超常的能力がからむ歴史ものといえば伝説シリーズなど半村良の一連の歴史SFが思い起こされるし、両性具有的な歴史上人物を扱っているということでは『日出処の天使』も浮かんでくる。しかし、太陽神信仰、近親相姦、聖なる剣、霊石などなど数々のキーワードで隠秘的(オカルト)な裏面史として、ヨーロッパも戦国時代も解き明かそうという大風呂敷振りは先達のマイルストーンらに決して劣るものではない。日欧ごったまぜの薀蓄も凄いが、一般の読者にとっては、信長を初めとする戦国武将たちが、この世あの世のあらゆる手を使い、権謀術数を繰り広げるところが読みどころ。幻術を使う乱波なんてわかってるよなあ。
 さて、戦国時代の異様な空気感、ということでは橋本治の『ひらがな日本美術史〈3〉
』を連想した。独自の切り口で日本美術の面白さを伝えるこのユニークなシリーズは、美術素人さあのうずにとって大変興味深いものであった。安土桃山時代あたりがテーマになった〈3〉には戦国武将たちの変な兜、<変わり兜>についての章がある。戦うことが常態となった戦国時代に「オレは死ぬことなんかなんとも思ってないぞ!」ということを示したかった大名達は、兜で自己主張をし始める。上杉謙信のかぶった大きな三宝荒神のついた兜を初め、お墓・鉄板・伊勢えび(?)・サザエ(??)・おわん(!?)などなどが付いた兜が載っているのだ。これをエラい武将がかぶっていたのだ、何だか楽しいではないか。また、この〈3〉には屏風に描かれた洋画、「世界地図の屏風」への言及もある。そんな屏風の前に座るお殿様。これぞまさにこの小説の世界そのものと思えるのだ。