『悪夢機械』 フィリップ・K・ディック

 やっぱりディックは面白いなあ。(以下○が特によかったもの)

「訪問者」 放射能で汚染された地球で突然変異した生き物ばかりがはびこっているという話。普通かな。
「調整班」 時空を調整する機関の不手際で、現実から遊離してしまった男の話。日常がつくりもののように崩壊する描写、その壊れてしまった現実になんとか合わせようとする主人公といったあたりにらしさが感じられる。
「スパイはだれだ」○ とある星、何者かの攻撃を受けた住民達のリーダーは会議を開く。敵の正体は、はたまた本当に敵は存在するのか・・・。登場人物が皆強迫観念に捕われ、疑心暗鬼に満ちているという実にディックらしい話。自分達が正気かどうかを実験する場面は『暗闇のスキャナー
(スキャナー・ダークリー)』の自転車についてのディスカッションを思わせる歪みっぷり。いやあすごい。
「超能力世界」○ 超能力を持つ新世代が当たり前となった時代の話。超能力を消す能力を持つ新々世代が現れるというアイディアがユニーク。全体としてはディックの私生活が反映されているようなヘヴィな一面も見られる。
「新世代」 人工的な環境で子供が教育されるようになった未来の親子の話。普通。
「輪廻の家」 白人が虐げられるようになったアメリカという改変歴史もの。宗教に対する独特のこだわりが感じられる。
「少数報告」
(マイノリティ・レポート)○ 映画の方は既に観ていたが、これ自体は初読。短編なので、当然ながら、よりシンプルな話。解説にもあるように、オヤッ?と思わせる箇所もないではないが、どんでん返しが次から次へとみられて楽しめる。
「くずれてしまえ」 戦争後で崩壊した世界に人類のつくった人工物のコピーを行うビルトング。不完全なコピーを作り出すビルトングが異様かつ涙ぐましく、ディックならでは。
「出口はどこかへの入口」 これまでの作品が
50年代のもので、最後の2作は79年と80年と時代が飛ぶ。であるが、本作は50年代SFのような皮肉なユーモアが漂う。後期のディックといえば救いを求めたシリアスな作品ばかり、と思っていたがこんなのもあるんだな。
「凍った旅」○ 冷凍睡眠で航行中の宇宙船で半覚醒状態となってしまった男のみる夢。基本的には取り返しのつかない過去をめぐる話だが、苦さとしみじみした味わいの同居したなかなかの佳作。