『夢幻会社』 J・G・バラード

 というわけで『夢幻会社』を読む。訳者の解説によると、タイトルは意味だけでいえば『限りない夢の仲間』といった訳が適切らしい。大変面白く、興味深い作品である。
 主人公ブレイクは医学生時代に死者の復活を図ろうとしてドロップアウトし、飛行や暴力に取りつかれた性格破綻者である。そんな彼がセスナ機を盗んで飛び立ち、ロンドン郊外の街シェパトンに墜落する。奇跡的に命を救出されたが、その後彼とシェパトンは異様な変貌を遂げる・・・
 バラード作品の主人公は環境や他人によって自身のオブセッションを自覚する、といった一種の<巻き込まれ型>パターンが多いように思われるが、本作品は冒頭から主人公が自己衝動に任せて突き進み超人化する、実にエネルギッシュなものとなっている。繰り返され、全体に充満する性的/生的イメージが胸が悪くなるぐらい鮮烈だ(もちろんその一方で垣間見える死のイメージがまた印象的)。飛行に対する執着、熱帯化する町、高速道路などなど解説にもあるようにそれまでの作品の集大成的な要素がちりばめられながら一味違ったものにもなっている。例えばこんな一節がある。

  ウィンゲイト神父の言葉を思い出しながら、いまや、おれは確信していた。この世界の悪徳は来るべき世界の美徳の暗喩であり、それらの暗喩を極限まで追求してはじめて脱出を遂げることができるのだ。(P234)

 
作品中でこれほどまでにテーマが明確に語られたことは珍しい。ほとんどマニフェストといってもいいぐらいの力強さである。また、盲執に囚われた人間の妄想として語ってもいいし、ラテンアメリカ文学っぽい風味も感じられるなど、多様な読みが可能な傑作である。
 
 ちなみに同じ飛行を扱ったディッシュの『歌の翼に』(要再刊!)とはテイストが随分違うのも面白い。 
 実際に住んでいる(いた?)というシェパトンを舞台に「裸の男が精液をまき散らしながらうろつく」話を書くなんてバラードしかいないかもね。※2009 4/16追記 なんて書いていて間抜けなことに1年後にようやく気づいたんだけど、このシェパトンってハイウェイの走る『クラッシュ』の舞台でもあったとこじゃん!これは重要な読み落としだな。また読まなくちゃ。ちなみにウェルズの『宇宙戦争』でも破壊されたところらしく、エライ目にあうとこだなあ。