追憶のチープ・トリック

  わが青春の(ああなんと恥ずかしい響き!)SF映画は‘ブレードランナー’であった様に、わが青春のロック・バンドはチープ・トリックであった。毎号、ロックやソウルなどで特定のバンドやジャンルなどに焦点を当てて特集を組むスタイルのレコード・コレクターズは、その性質上ネタが次第に時代を下り、最近はわれわれ80年代音楽育ちの世代もターゲットに入っている。最新号の特集はそのチープ・トリックだ。実は近年ほとんど聴いていないのだが、元々音楽的にしっかりとした特集に組まれることの少ないバンドであり、レコード・コレクターズでの特集も最初で最後だろうと思い、記念に購入した。そしていろいろと思い出した。

 時は1980年代初頭、中学生だったさあのうずは兄弟の影響で洋楽聴き初め、FENアメリカントップ40や小林克也ベストヒットUSA(BSデジタルでまだやっているのがおそろしい)といったチャート番組などで知った音楽を聴いていた。当初好きだったのはマイケル・ジャクソンドナ・サマーといったディスコ音楽で、あとはメロウなクリストファー・クロスなどのAORであった(なぜか友人にはいまだに信じてもらえない)。次第にハードなロックも聴くようになり、その時発売されたのがアルバム‘One on one’。個性的でポップなメンバーのルックスも目を引いたし、シングルのIf you want my loveが素晴らしいロッカバラードで、アルバムを買ってみた。ハード・ロックとポップ・ロックのいいとこ取りでのサウンドにちょっと斜に構えたようなスタイルが見られ、直ぐに気に入ると同時にどうやら武道館のライブで日本の人気から火がついて本国でも有名になった珍しいグループであることを知った。
 当時ハードなロックを聴く中学男子がはまるのは、大御所のツェッペリンやディープ・パープル、あるいはモーターヘッドジューダス・プリーストアイアン・メイデンといったブリティッシュヘヴィメタルであり、ミュージック・ライフを中心とした女子による萌え洋楽系路線とみなされていたチープ・トリックが好きであることはかなり気恥ずかしいことであった。特に洋楽萌え趣味があったわけでもないのだが(※注)。さらに厄介なことに、イケメンヴォーカルのロビン・ザンダーと人気を二分していたベーシストのトム・ピータソンが脱退した後で、バンドの人気が下降線をたどる時期だったのだ。それでも生来のひねくれ精神からしつこくチープ・トリックを応援していったのだ。しかしプロデューサーを代えサウンドを変えても人気は復活しない。‘Next position please’‘Standing on the edge’といった自虐的なタイトルが悲しい。ただ内容はそれほど悪くないように思えたので、ファンとしても頑張った。
 
前身のバンドのアルバム‘Fuse’、‘Saturday at midnight’の12inchシングル(ロイ・トーマス・ベイカーのremix)、一曲しか入っていないサントラ‘Spring Break’や‘Up The Creek’、ブートレグまで買った。コレクター気質が割合少ない自分が珍しく追いかけたバンドである。そしてついに1988年トム・ピーターソンが復帰してオリジナルの4人組に戻ったアルバム‘永遠の愛の炎(Lap of luxury)’で大復活を遂げたのだ!ただ・・・
 大復活を喜んださあのうずであったが、彼らの低迷期は少年には長すぎた。皮肉にも、その頃既にP-funkなどのファンクやワールドミュージックなどを聴くようになっていたので、ストレートなロックはむしろ敬遠気味で、自分にとって彼らの大復活は大きなニュースではなくなっていたのだ(なんと移り気な!)。結局彼らのライブを観たのは一度きり。確か1992年の渋谷公会堂(トム・ピーターソンにハッピー・バースデイを歌った記憶がある。どうにもならない‘The Doctor’を除いた全てのアルバムからの曲をやるという感動的なライブだった)。今回の武道館ライブも行っていないので、熱心なファンとはいえないかもしれない。個人的にはどうも肝心なところですれ違っている様な苦い想い出を感じるバンドなのだが、それなりに熱心に聴いてきたなのは間違いない。ともあれ追いかけたバンドが、完全に消えてしまったり、がっかりするような音楽性の変化をしたりせず、現役を続けているのは嬉しいことだ。近作も聴いてみようかな。

 ※注 ちなみこのチープ・トリック特集でP72にその萌え洋楽時代についてのエッセイが載っていてる。当時を知っているといっそう楽しめる。その後この萌え文化はカルチャー・クラブワム!デュラン・デュランといった第二次ブリティッシュ・インベイジョンの時代に引き継がれるのは周知の事実。あとこの特集にはがいじんタレントとしておなじみマーティン・フリードマンのインタビューも載っている。NHK教育の英語番組で‘Tonight it's you’のようなマイナーな曲を取り上げてる時点でファンだと気づくべきだった。
 
 
さてそのチープ・トリックの魅力はなんども言われてきているように<ハードでポップ>であることだ。70年代後半のパンク/ニューウェーヴあるいはヘヴィメタルと同時代的なハードっぽさとビートルズフリークらしいポップセンスが融合している。一方で、本号のレコード・コレクターズでミュージシャン/評論家の和久井光司氏が<B級っぽさ>があることに触れている。これは確かにそうで、多くの曲を手がけるリーダーのリック・ニールセンのセンスにはどことなく<ちゃっかり感>が漂う。上記のビートルズ以外にもザ・フージョン・レノンのソロ曲などから割合とあからさまな引用が見られるし、和久井氏指摘のようにかなりメジャーな曲をためらいもなくカヴァーするセンスもそうだ。またこれまた和久井氏指摘のように時折(企画倒れのような)ギクシャクした曲も見られる。ただ実験精神といった大げさな感じでの失敗にならずに、何か子供がおもちゃ箱をひっくり返したような憎めない味があるのがこのバンドの愛嬌なのだ。そしてそんなバンドだから、これまで音楽的に語られることが少なかったし、今後もそうなりにくいだろうと思う。ただ堅苦しく語られことなく、彼らの曲が生き続けるのなら、それこそ本望だろう。最後に中途半端なチープ・トリックファンであるさあのうずのアルバムベスト5を。

1.at 武道館 やっぱこれでしょう。フルのライブが収められた物が後で発売されているけど、元ので十分ですよ!もちろんファンにはフルじゃないと物足りないだろうけど、本人達の意向はともかく元の9曲は非常にバランスの取れた選曲だ。実は最初にはまったのは‘Ain't that a shame’。ファッツ・ドミノの原曲を聴いたときは違いにびっくりした。
2.蒼ざめたハイウェイ(In Color) 初期の4枚はどれもいいんだよね。全然ハード・ロックともいえないこれを2位にしたのは短い曲にいろいろな風味が混ざっている手つきが見事だから。意外とカントリーっぽいところもあったりする。
3.チープ・トリック 1997年の方じゃなくてファースト。よく処女作に全てがある、なんていうけどそんな感じ。荒っぽい音がいい。スピード感があったり、いきなりアコースティックだったり、切なかったり。ガレージっぽいのが好きな人に是非。
4.天国の罠(Heaven Tonight) 2.で確立した路線がさらに進化した感じ。これも‘Surrender’はじめ名曲ぞろい。‘Surrender’は韻をほとんど踏んでいない(珍しい)ヒット曲であることをピーター・バラカンが指摘していた。`Auf Wiedersehen'には“ハラキリ”“カミカゼ”という歌詞が出てくる、というのは有名な話だが、実際は“ハリカリ”“カマカジと言っているように聞こえる。
5.Busted 最後は復活盤から。あれ?‘永遠の愛の炎’じゃないの?確かにあれは大事なヒットアルバムだけど、カヴァーや他人によるあまりにもストレートすぎるバラードなどらしくなかった。その後ストレートでらしいロック・アルバムのこれが出て、ああ本当に復活したんだなーと実感し、愛聴したのだった(実際次の‘Woke Up With Monster’より良かったと思うんだけどな)。
番外:その他、リックの明るくマッドでカラフルなセンスが楽しい忘れちゃいけない名作‘Dream Police’、ちょいダンス音楽風味の
‘One On One’、トッド・ラングレン暴走でこじんまりした感じが意外と悪くない‘Next Position Please’、低迷続きなのに不思議と元気な‘Standing On The Edge’と失礼ながら浮き沈み自体が芸になっているホントに面白いバンドだ。基本的にはシングルが持ち味なので、まずはベスト盤からどうぞ。