映画‘イースタン・プロミス’

 なんだか地味に公開されていて慌ててみにいったクローネンバーグの新作。とはいってもこちらちゃんとしたクローネンバーグのファンというわけではなく興味を持ったのはここ数年。ただ前作の‘ヒストリー・オブ・バイオレンス’が傑作で、これまでのグロテスクだが奇妙に理知的なちょっと面白い監督という程度のイメージからやっぱり名監督なのではないかと考えを改められた。初期の作品はまだDVDにしてもほとんど観ていないのだが、例えば‘イグジステンス’や‘スパイダー’などは理知的な部分がどうも作品の拡がりを邪魔しているような印象も受けた。もちろん‘ザ・フライ’‘デッド・ゾーン’‘クラッシュ’といったあたりはそれぞれに素晴らしさがあった。‘ヒストリー・オブ・バイオレンス’はそうした理知的な側面を巧くコントロール、「日常と隣り合わせの暴力」というテーマをバランスよくテンポよくみせることに成功していた。そして中でも主演のヴィゴ・<アラゴルン>・モーテンセンの情念を内に秘めたような演技は見事で、これも成功の要因だったのではないかと思わされた。
 さて今回も暴力をテーマとした現代劇で、‘ヒストリー・オブ・バイオレンス’と同様これも傑作だ。舞台はロンドンでロシアン・マフィアがモチーフになっている。とある床屋で突然起こる殺人、その一方薬局では妊婦が大量出血して意識を失う。妊婦には多数の注射痕があった。治療に関わったロシア系の助産師アンナは次第にロンドンの地下社会の存在を知る。前作と同じくゾクりと背筋が寒くなるような「日常と隣り合わせの暴力」の世界を活写している。主演男優はこれまたヴィゴ・モーテンセンだが、抑えた演技という意味では前作と共通しているものの、より陰鬱な一味違うキャラクターを打ち出していてまたまた迫力がある。アクションも滅茶苦茶体を張っている。作品としては‘ゴッドファーザー’的な家族の絆といったテーマも含まれていて、カルト監督クローネンバーグという今までの印象からすると意外なくらい正攻法な作品である。しかもこれまで通りエグい描写は控えめながらやっぱり存在し、テーマに拡がりはみえるものの決して不自然な作風の転換といった印象は受けず、余裕を持って幅広い表現をしているように思われる。まさに円熟といった言葉が頭に浮かぶような作品だ(円熟という言葉が似合わない人だとも思うが)。公式HPはこちら