『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ

 主人公の一人トマーシュは女たらしの外科医。肉体関係だけを求め、ことが終わるとさっさと自宅へ帰ってしまうような彼だが、とある町で知り合った純朴な娘テレザと一緒に暮らすようになる。トマーシュには永年気心の知れた別の愛人、画家で自由闊達なサビナもいる。サビナにも、また別の愛人である学者で運動家のフランツがいる。政情不安定な<ボヘミア>で様々な人々の運命が交錯する、という話といってしまうと何だか違うような気のするなかなかの難物である。小説のなかで大きな比重を占めるのが、高度な哲学的ディスカッションで、それを背景に話が進行するところもあるので、会話に出てくる用語(例えば<キッチュ>)も時に頭の中で反芻することを要求されるような感じなのだ。それでも普通に小説として読んでも十分面白いし、個性的な登場人物は魅力的で、その行く末は時に切なく悲しいのだがなぜかちょっぴり可笑しくもある。特に<偶然性>に翻弄される人間の儚い運命と、それを必然に結びつけようとする心理が描かれ考察される部分が印象深い。そんななか繰り返し登場するのがベートーヴェンのモチーフからのフレーズ「Es muss sein!(こうでなければならないのだ)」。どこかで聞いたことのあるこのフレーズ、ふと「これでいいのだ」に近いのではないかと気づいた。それ以来トマーシュがもてる外科医から一転してバカボンのパパに思えてならないのだった。