『ロートレック荘事件』 筒井康隆

 子供の頃の事故をきっかけにロートレックのように下半身の成長が止まってしまった主人公。事故を起こした仲の良い従兄弟とは、それをきっかけにより絆を深める。28歳になった二人は、奇しくもそのロートレックの作品が飾られた洋館に招かれることになるが、そこで次々に殺人事件が・・・。驚愕のトリック、と評判の作品でもう既に多すぎるくらい語られている。いまだかつてミステリのトリックを見破ったことのないさあのうず(<いえ開き直っているのではなく)、今回もまたまた騙され。ただ、『残像に口紅を』をものにするような超絶テクニックの持ち主だからこれくらいのことはまあ出来るのだろうな、と思ったのも事実で、筒井作品の中で群を抜いてポテンシャルが高いとまではいえない。端正なつくりとはいえず、トリックとしてちょっと納得がいかない面も多少ある。とはいえもちろん驚いたし、読者の期待を裏切らずに楽しませてくれる著者の生涯打率の高さには心底感服する。
 トリックそのものよりむしろ興味深いのは刊行タイミング。平成二年刊行ということは<あの筒井が今度はハヤリの新本格ものに挑戦!>といった感じではないだろうか。最近「そんなに売れるのなら、ライトノベルを書くか」とどこかで発言したらしいが、トップにあっても(何かに駆られるかのように)貪欲に時代と格闘し続ける姿勢はどこかローリング・ストーンズを思わせる。さらに解説の佐野洋が指摘しているように本作は<テーマの自主規制>という問題をはらんだ話でもあり、断筆騒動の前に既に本作で自主規制にNOを叩きつけているわけで、筒井康隆の姿勢は一貫しているし実に正しいと思う。