『スローターハウス5』 カート・ヴォネガット・ジュニア

 「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつない」
 前書きにあたる第一章での著者の言葉である。1945年2月に行われた連合軍によるドレスデンへの空爆の犠牲者は3万とも15万ともいわれる。その体験を何とか書きたいと思っていた作者だが、結局23年もかかる。その経緯については戦争体験を持たない自分には語る言葉がない。本書から垣間見る戦争およびその後の世界は想像を絶するほど苛酷な死と隣り合わせのものである。
 そんな状況をなんとか言葉にすべく、作者はSFの手法を使った。主人公は過去と未来と宇宙を行ったり来たりする。その中で、物事の因果関係が探られていくのだ。あの爆撃はなんだったのか。
 そして、たどりついたのは無常の世界。あまりに軽い人間の命。そしてそんな中誰もが生きていかねばならない、という諦念。不思議と温かさがある眼差しがこちらの気持ちを切なくさせる。SF的手法が、いまなお世界が直面する問題を語るべく見事に適用された傑作。